チーム名が『龍鳳登高会』(リョウホウと読む)とは、天まで昇っていきそうな勢い──と思ったら、ご本人は本当にいってしまわれた。
早すぎる道行きを悼む。

死と隣り合わせの、気が狂いそうな緊張感というのは、一度味わったらやみつきになるものなのかも知れない。

高度数千メートルの山肌で足をすべらせ、体が空中に放り出される瞬間の、そのあまりにもリアルな描写に、読んでいるこちらまで平衡感覚をうばわれてしまった。

(以下、引用です)
小学校の教科書がどんなだったか、授業の内容などまったく覚えてはいないが、先生がじかに教えてくれた山での体験と、夢の多い子になれという教えは今でも私の心の中に息づいている。思えばこの先生との出会いが山への一歩でもあった。

私は彼らを信じていた。一緒に行動したこともない人を信じるというのはおかしなことだと思うかも知れないが、私はほんとうに頭から「彼らと一緒なら大丈夫」と信じこんでいた。
だからフランケだろうと、どこだろうと平気だった。

(註: フランケ = 横腹の意。山では岩稜などの側面で、垂直に切り立った壁をいう)

姿の見えないトップから声がかかり、トラバースに移ろうとした一瞬、後方のワァーという声にふりむくと、南稜のクラック上あたりからちょうど体が離れた人の姿。それが宙に舞い、なんの音もなく落下した。バンド下ですごい音を響かせて烏帽子スラブを流れていった。四、五回回転してとまると、バァーッと赤い血が胸を染めた。もう人間とは思えなかった。胸がキュッとなって、手をしっかりと岩につけ目をつむった。

田中君も、大山さんも、吉村さんもみんな反対した。「お前、女だろう。なぜあんなところ登りたがるんだ。やめろ、やめろ」。全然知らない人からも「本当に衝立登るんですか」なんて電話がかかったりした。
何人かの人をこばみ、すぐれた人にのみ許される日本最大の岩場なのだ。私は横尾さんの実力は非常に信用していたけど、登っていくのは私自身なのだから、たとえどんなに彼が優れていようとどだい私自身にはなり得ないのだ。それを承知で多くのものを失いながらも私は来てしまった。
その車中で私は横尾さんから、ヨーロッパ三大北壁のひとつ、アイガー北壁を今夏ドイツ人の女性がはじめて登ったという話をくわしく聞かされた。そしてその後で横尾さんが言った言葉が、私の耳にいつまでも残ってねむれなかった。
「お前は八〇〇〇メートルへ行けよ、お前は八〇〇〇メートルへ行け」


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