私が尊敬している野口悠紀雄氏が新刊を出された。
シュリーマンやフォン・ノイマンなど、『洋書を丸暗記』という豪快なやり方で英語をものするなど、世界の偉人たちの独学方法が紹介されている。
氏は“英語難民”と化した日本の現状にも警鐘を鳴らす。
中高の英語教育が良くないのではないか、と。

それで思い出したのが、前回のエントリーで紹介した上乃久子さんの本のなかの一節だ──。

以下、「純ジャパニーズの迷わない英語勉強法」より引用。
ところが、ここで大きな障害にぶち当たるのです。その障害の正体とは、何を隠そう、高校の英語の授業でした。
授業は、グラマーとリーディングの繰り返し。さらには教材の英文が吹き込まれたカセットテープを流すばかりで、実践的な会話を習うことは皆無でした。そのため、活気を一切感じられない授業内容だったのです。
「うちの学校の英語教師たちは、絶対に英語がしゃべれないに違いない」
この疑いは、ある時点から確信へと変わっていきました。
「あー、つまらない」

関連記事:上乃久子・著「純ジャパニーズの迷わない英語勉強法」 | 短評。 : 23時の雑記帳 http://23oclock.blog.jp/archives/52168477.html

。。。そういう先生、うちの学校にもいたなあ。(K崎先生、お元気ですか)
“しゃべれない”というのも問題だが、先生が“まったくやる気がございません”調なのが、ふざけやがってコノヤローな感じだ。

それでも上乃さんはめげずに、英語を教えてくれる人を見つけ、道を切り開いていかれた。
ある意味これも『独学』精神のなせるわざだろう。

そして今ではインターネットで素晴らしい教材を簡単に手に入れられる。
恵まれた時代というほかない。

が、それは進化をやめないコンピュータに脅かされ続ける時代でもある。
ならばどうしたらいいのかというと、やっぱり勉強しかないみたいです。。。

(以下、「『超』独学法 AI時代の新しい働き方へ」より引用)
1980年代に慢心した日本は、1990年代に世界の経済構造が大きく変わったことに、対応できなかった。とくに製造業の分野では、新興国の工業化によって世界的大競争が激化したことに対応できなかった。
それにもかかわらず、それを理解できない人が経済界には多かった。そして、「日本経済が停滞するのは、政府に成長戦略がないからだ。金融緩和が十分でないからだ。法人税率が高いからだ」と言い続けてきた(いまでもそう言っている人は多い)。つまり、責任を他に押しつけようとしてきた。経済停滞が20年間も続いたにもかかわらず、そうした傾向が支配的だったのだ。
経済の衰退がここまで進んだ日本は、変わらなければ生き残れないところまで追いつめられた。危機をチャンスに転化できるか否かが、いま問われている。

聞ければ話せる

(英語を)聞く練習に集中すべき第2の理由は、正確に聞くことができれば、ほぼ自動的に話せるようになるということだ。
だから、話す訓練を特別に行う必要はない。「信じられない」と言う人が多いだろうが、本当である。私は、このことを、実際の学習を通じて学んだ。
(中略)
会社の役員などが、外国人との会見を通訳付きで終えた後、「相手の言っていることは分かるのだが、こちらから言う場合の適切な表現が分からなくてねぇ」などとよく言う。
しかし、これは嘘である。もし相手の言うことを完全に理解できているのなら、通訳なしで仕事ができているはずなのだ。この役員が言っているのは、「相手の言っていることの中で、聞き取れた単語も少しあった」ということなのである。

日本の若者は、韓国の若い世代のヴァイタリティを見習うべきだ。
ロシア人の英語もうまくなった。
(中略)
こうしたことと比べると、日本の状況は、世界水準から異常と言えるほどに遅れている。これは、中学・高校で十分な英語教育が行なわれなかったからだ。
英語を世界語としてコミュニケーションが行なわれるようになった世界で、日本は孤立してしまった。

「超」独学法 AI時代の新しい働き方へ (角川新書)
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