今日、6月11日は時代小説の大家、長谷川伸の命日。
主な代表作は「日本捕虜志」「日本敵討ち異相」「瞼の母・沓掛時次郎」など多数。
門下生にはスター作家の名がこれでもかと言わんばかりに並ぶ。
池波正太郎、平岩弓枝、山手樹一郎、山岡荘八、村上元三、etc...

長谷川伸の人となりが現われているエピソードを全集の月報や、大村彦次郎氏の著書から拾ってみる。

。。。オークションで長谷川伸全集を手に入れたところまではいいのだが……月報しか読んでいない。ダメじゃん!


以下、引用。
「(長谷川伸) 先生は又私たちによくこう云った。原稿料と云うものは、こちらから幾ら寄こせというべきものではない。自分が余計に骨を折ったからと云って、それが傑作になるとは限らないのだから、云わば僧侶の受けるお布施のようなものだと。その訓えを、私は生涯守るつもりでいる。」(山岡荘八)

(野村)胡堂同様、長谷川(伸)も篤志の念がつよかった。戦時中、陸軍と海軍へ毎月、恤兵金を夫人が無名のまま届けていた。ひと月も欠けることはなかったし、額がおおいにも拘らず、夫人は名乗らなかった。あるとき海軍報道部の部員が夫人のあとをつけて、届け主が作家の長谷川伸であることを突きとめた。海軍から感謝状を送ろうとしたが、長谷川は固持して受けなかった。戦後は学資困窮の学生がいると、その学生を呼んで家庭の事情を訊ね、毎月の学資と生活費を届けていた。それも二人や三人でないので、弟子の村上元三が心配して、夫人にそのことを訊くと、「こっちも苦しいけれど、子供がいない代り、と旦那様がおっしゃるのでね」という返事だった。
(大村彦次郎『時代小説盛衰史』)

「声は消えても、心の底に聞いた言葉は生き残る。強く打てば大きく響き、善きも悪しきも永久にあとを残す。つつしむべきは、言葉と行いであって、男たるものは、自分の言動に責任を持たねばならぬ。まだ若い君(=松尾国三)が一ぴき狼の立場で劇場経営に乗り出す以上は、血の小便が出るくらいの覚悟はあろう。自分本位で他人のことには無関心な時代──隣は何をする人ぞ、と素知らぬ顔の東京人を、君の方にふり向かせるには、真心という、武器よりない。『石の上にも三年』の諺がある。誠実こめてやる仕事は、必ず末に実を結ぶ。人間の真柱は、すべて恩義と感謝だからね」(長谷川伸)

劇画・長谷川 伸シリーズ 瞼の母 (イブニングコミックス)
講談社 (2014-03-20)
売り上げランキング: 20,281



時代小説盛衰史 (ちくま文庫)
筑摩書房 (2018-01-26)
売り上げランキング: 25,984



時代小説盛衰史〈下〉 (ちくま文庫)
大村 彦次郎
筑摩書房
売り上げランキング: 791,735