タイトルに惹かれて読んでみた。
著者の生い立ち、キャバクラ店長の日常、家庭の父親としての姿。
ほぼ3部構成になっている。

一番面白かったのはキャバクラ嬢たちとのエピソード。
子育てと仕事の両立に悩む若いママさん。
自ら不幸を選んでいるとしか思えない生き方を繰り返す女の子。
店長さんの導きにより、資格を取って転身した女性。
どの話もたいへん興味深かった。

店長さんの、
「キャバクラ嬢という仕事はセーフティーネットとしても機能している」
という話には目からウロコが落ちた。

また、一家のお父さんとしてもとても格好良い。
いくら口で立派なことを言えても、道ばたのゴミを拾ったり、公共トイレの掃除をしたり、実践できる人は少ない。

息子さんは、そんなお父さんの背中を見て、人間として立派に成長したようだ。
子供を東大へ入れたがる親の中には、
「空き缶を拾うヒマがあれば、単語を一個でも多く覚えるべき」
という考えの人もいるだろう。

カバーの折り返しにこうある。

「少しばっかり勉強ができるからって、何でも許されると思ってんじゃないよ!」
高校の入学式の日、私は息子を怒鳴りつけた。

そう言えば、日本人女性初の宇宙飛行士となった向井千秋さんは子供時代、店番(実家はカバン店)を言いつかったのに、勉強に熱中し、机(ミカン箱)から離れなかったという。

そのときお母さんはどうされたかというと、、、
大変怒ったそうだ。

人としてのあり方をきちんと教えることが、何よりも大切なんだなあと感じ入った次第。

努力のかいあって、著者の息子さんはめでたく東大へ合格したわけだけれど、正直いって受験の結果がどうなっても、この人はもう大丈夫、なにがあっても立派にやっていけるだろうと感じた。

そして本の最後が良い。

キャバクラ店内で客がリバースしたものの後始末をする自分の姿を描写して、奮戦記を終わらせているのだ。

このあとがき、格好良すぎる。

(以下、引用です)
小学生のころ、母の笑顔が好きだった。しかし、次第に笑顔が少なくなった母は、私たちの前から姿を消した。そんな経験から、息子たちが笑顔でいるために、私自身が笑顔でいられるように、妻が笑顔でいられるように、生活することを心掛けた。いつも笑顔でいられれば他人に好かれることが多く、私がいなくなっても息子たちは生きていけると思った。

親子で笑顔でいるために、妻には「はやく」と言わないようにお願いした。せっかちだった母に「はやく」と言われながら育った私は、「はやくしなければならない」と子供ながらに焦り、結果的にうまくいかなないことが少なくなかった。自信を持つことができず、自分が嫌になった。そんな思いを息子には味わわせたくない。そう思ったからだ。

受験勉強に対して親のできることは少ない。母親は生活のサポートなど協力できることがあるが、父親にできることはほとんどない。でも、私の経験したことのない大学受験という困難に立ち向かう息子を応援したい。
私は、目の前のゴミを拾った。目の前のゴミを拾うことが息子の応援になるのかはわからなかった。でも、ほかに私のできることはなかった。ただ、目の前のゴミを拾い続けた。
友人とともに、毎月一度だけだが駅のトイレ掃除も始めた。ゴミを拾うこと、駅のトイレを掃除することが、私の習慣になった。

私の住む地域では、子供を大学へ進学させるということは、子供はもう一緒に暮らせないということを意味する。だから、高卒で十分という考え方の親も少なくない。

そんな田舎において、キャバクラは優良な就職先ともいえる。キャバクラ嬢は極端な言い方をすれば、18歳以上の女の子なら誰でも就ける仕事だ。いろいろな事情があって、中学すらまともに通っていなくたって、本人にその気さえあれば働ける。
同じ時間帯を働く、深夜営業のコンビニエンスストアやファミリーレストランでのアルバイトに比べると、給料は断然高い。同世代の男の子より稼ぐ子もいる。
福利厚生が充実した企業に就職することのできないシングルマザーにとっても、夜間子供を預けることさえできれば、格好の就職先だ。大げさに言えば、キャバクラは田舎の女の子たちにとって、セーフティーネットの役割もあるのだろう。

蛍光灯が点滅していることは、先生方にとったら小さなことなのかもしれない。
しかし、小さなことに気がつかないのに、生徒たちの行動の変化や心の様子などに気がつくことができるのだろうか。参観授業で、たくさんの保護者が来校することが事前にわかっているはずなのに、修繕ができないということは、問題解決する意欲がないのではないだろうか。それとも、こんな小さなことなら気づく保護者はいないだろうと、タカをくくっているのだろうか。
それよりも、点滅している蛍光灯の下で勉強しなくてはならない、子供たちがかわいそうだと思わないのだろうか。そんな大人のもとで、勉強をしなければならない子供たちが不憫でならなかった。掃除が行き届かないのは、掃除をしない生徒たちにも問題がある。だが、教室の点滅している蛍光灯を交換しないことについては、中学1年生になったばかりの生徒たちに責任はない。環境を管理する大人の問題、先生の問題だ。怒りとともに、息子たちのこれからの学校生活に対する不安も大きくなった。

息子たちの『健やかな成長』のために、先生方に協力できることはないのだろうか、私のできることはないのだろうか、と考え始めた。
考えた末に、秋の参観授業の日、私はトイレ掃除を始めた。
「掃除が行き届いていない」「トイレが汚い」「あいさつができない」などと、先生方と学校を批判していても何も変わらない。まずは私が協力する姿勢や『覚悟』を示さなければならないと思った。
また、先生方と話す機会が増えたことによって、先生方の負担も少しは理解ができた。こうして私は参観授業の日にトイレ掃除を始め、息子が高校生になると、全学年のフロアにある男子トイレの掃除をしていた。

合格発表の翌日、卒業式の数日前、私は息子に言った。
「同級生たちを集められないかな?」
「はぁ?」
あまりにも唐突な話に息子は呆れたが、私の意をくんでくれ、息子は友人達にメールを送信した。

みなさんお久しぶりです。
後期試験が残っている人もいるかもしれませんが、みなさんお疲れさまです。
今日みなさんにメールをしたのは、うちの父親が学校の大掃除をすると言い出したためです。
日時は明日の午前10時からです。
学校に恩返しするという意味でぜひ参加してください。

翌日、学校へ行くとすでに息子の同級生たちは教室に集まっていた。前日の呼びかけにもかかわらず集まった同級生たちは60人以上。学年の3分の1以上の生徒が集まってくれた。
(中略)
嬉しくなった。胸が熱くなった。息子が幸せになる条件の一つとして、共に学ぶ友人たちが幸せでなければならないと考えていたが、私の想像以上に息子が成長できたのは、同級生たちのおかげだと改めて感じた。息子が高い目標を持ち続けられたのも、こうした仲間がいてくれたからなのだろう。

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