スティーブ・ウォズニアックとスティーブ・ジョブズ。
アップル帝国を築き上げた二人に共通している点は、どちらも底抜けのオプティミストというところではないだろうか。

ジョブズは死の直前まで人生のプランを練り続けていた。
また、そのジョブズに報酬をごまかされたことのあるウォズニアックは、裏切りを知った後も変わらず友情を育み続けた。

ただオプティミストと一口に言っても、ジョブズのほうは悲壮感あふれる楽天家、一方のウォズニアックは陽気で内気なガンコ者、といったふうでその性格は天と地ほどもかけ離れている。

このたぐいまれなる二人の天才が、これ以上ないという時代に、ここしかないという場所で邂逅する。
それはまるで、後に音楽界に革命をもたらした、リバプール出身の二人の少年の出会いを彷彿とさせる…使い古された言い回しだろうなと思いつつ書いてしまった…。
奇しくも社名も同じアップル。
また、陰の気を帯びているほうの一人が早世してしまった点も符合している。

ジョブズに関しては、もうお腹いっぱいというくらい本が出ているが、ウォズニアック側から書かれたものはこの本しか知らない。

読んでみての感想は、果たしてジョブズ本に書かれていたとおりの、純粋で気の良いエンジニアの姿があった。

驚かされたのは、ジョークにかける意気込みの凄さ。
またその面白いことと言ったらない。

ジョークのためなら喜んで自腹を切る。
用意周到で、仕掛けも完璧。途中で予期せぬアクシデントが起こっても臨機応変に対応していく。

ターゲットにされた人はおそらく、後で種を明かされでもしない限り、気づかないまま一生を終えてしまうだろう。

かりにそうなったとしても、ウォズニアックの仕掛けるジョークは、節度をわきまえたセンスの良いジョークなので実害はないと思う。
まあ一生ウォズに陰でクスクス笑われるだろうけれど。

ウォズとジョブズが活発に動いていた頃のアップル製品には、ユーザーの心をときめかす感性とマジックが備わっていたように思う。

高価で買えなかった私は(今でも買えない)、ユーザーがうらやましくて仕方がなかった。
実際に手にされた方の喜びと興奮はいかばかりだったろう。

まあ「昨日」を「想像」ばかりしていてもしょうがない。
これから先もウォズニアックが、世界という遊び場に先鋭的なデバイスを投入してくれることを期待しよう。

Apple Fields Forever.

(以下、引用です)

僕はこの科学工作を通じて、仕事人生の中で一番役に立った能力を身につけることができた。忍耐力だ。まじめな話、忍耐力は過小評価されてるよ。だって、小三から中二までの長い時間をかけ、僕はどうやったら電子部品を組み立てられるのか、本に頼らずに少しずつ身につけていったんだから。
(中略)
結果をあまり気にせず、今していることに集中し、それをできるだけ完璧に仕上げることが大事だということを学んだんだ。

スティーブ(・ジョブズ)と僕は、長い間、ホントに長い間、互いに最高の友だちとして過ごした。同じ目標に向かって、一緒に努力した。それが結実したのがアップルだ。でも、僕らは違うタイプの人間だった。最初からずっとね。
そう言えば、ちょっと変な話なんだけど、最終的にアップル汽棔璽匹砲覆襪發里鮑遒蟷呂瓩燭海蹇同じ日に死ぬ二人の男のことが頭に浮かんだ。
片方は成功者。会社を経営し、いつも目標の売上げを達成し、利益を出し続けるんだ。もう一人はのらりくらりとしてて、お金もあんまり持ってない。ジョークが好きで、世の中でおもしろいと思うこと、変わった装置とかテクノロジーとか、なんかかんかを追っかけ、ただただ笑って人生を過ごすんだ。
物事をコントロールする人より、笑って過ごす人のほうが幸せだって、僕は思う。それが僕の考え方なんだ。僕は、人生で一番大事なのは幸せであり、どれだけ笑って過ごせるかだと思うんだ。

(アップルの)パートナーシップ契約にサインする前に、僕は大事なことを思い出し、スティーブに話した。HP(ヒューレット・パッカード)社で働いているので、社員として雇用されている間に設計したものは、すべてHP社にその所有権があるということについて。
それをスティーブがどう思ったのかは知らない。でも、彼が怒ろうがどうしようが、僕には関係がなかった。HP社で働いている間に設計したものについては、HP社に話を通すのが義務だと信じていた。それが倫理的な行動であり、通すべき筋だと。

あと、僕は、立ちあげのころに手伝ってくれたのに株をまったくもらえなかった人たちのことが気になっていた。
フロッピーディスクの製作を手伝ってくれたランディ・ウィギントンは、アップル社を立ちあげる前からずっと手伝ってくれた。クリス・エスピノーザ、ダン・コトケ、それから、古くからの僕の隣人、ビル・フェルナンデスなんかもそうだ。こういう人たちが刺激を与えてくれたからこそ、僕はすごい仕事ができたんだと思う。僕は彼らも家族の一員だと思った。アップル気肇▲奪廛覘兇寮什遒鮗蠹舛辰討れた家族の一員なんだと。
だから僕は、彼らに、一人あたり100万ドル相当になる株を渡した。

高校生のころ、アラン・シリトーの『長距離走者の孤独』という本を読んだ。感動したよ。罪を犯した人間が自問自答する話なんだけど、彼がいかに自立的に物事を考えるのか……いや、内向的な人間が、どんな風に物事を考えるものなのかをはっきりと示してくれた。
刑務所にいる間に大きな長距離レースで勝ちを取りにいくべきかどうかを決断しようとするんだ。彼が優勝すれば、意地悪な所長が有名になる。そんな中、彼は判断しようとする。レースに勝つべきなのか、勝たざるべきなのか。所長に花を持たせるべきなのか。それとも逃げるべきなのか。ただただ走り続けて、逃げ出すべきなのか。
この話は、僕のものの考え方に大きな影響を与えた。人生には「我々」と「彼ら」が登場する。「我々」と「彼ら」だ。「彼ら」とは管理側、体制側だ。そして、彼らが間違っていて、我々が正しいこともあるんだ。

最近観た映画、『ウォーク・ザ・ライン 君につづく道』に、とっても感動したシーンがあった。「この歌が世界を救うとしたらこう歌う」って思うように歌えって、プロデューサーがジョニー・キャッシュに言うシーンだ。
エンジニアリングは芸術だって言うとき、僕がイメージしているものは、この言葉によく表されていると思う。


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