人類史上最強の棋士、羽生善治が、駒の動かし方もロクに知らない子供の、ケータイを見ながら指す一手に為すすべもなく投了───そんな悪夢のような絵図が現実になろうとしている。

いや、すでにCPUの棋力は人間のそれを追い越している、というプロ棋士もいる。
おそらく事実だろう。
だがそれは恥ずべきことでも、哀しむべきことでもない。
どの分野においても、いずれは起こる自明の理なのだ。
だから取り立てて騒ぐことでもないと思うのだけれど、それでは世間は納得してくれないようだ。

将棋界の象徴的存在である羽生善治が、公式の場でCPUと相対するまで、世間は羽生に問い続けるだろう。
「CPUとどっちが強いんですか?」
「対局を避けつづけるつもりですか?」と。

その避けては通れない“通過儀礼”を終えた後、将棋界はどうなっていくのか。
長年スポンサーを務めてくれている新聞社も、最近の経営状況は大変に厳しいと聞く。
パイは小さくなる一方なのだろうか。

私はそうならないと楽観視している。
今までには夢想だにしなかった新展開があり得ると思うからだ。

まず考えられるのは、将棋ソフト開発者側との提携だ。
強いソフトはいくつかある。
もし開発者がプロ棋士と個人契約を結んだらどうなるか。

たとえばここに大山ヤスハル(仮名)という新人棋士がいたとする。
Aというソフトの開発者が、大山にのみソフトを提供する。
言い方を変えるなら、ソフトAが大山のコーチングスタッフとして付くのだ。

また一方で升田コーゾー(仮名)という中堅棋士がいる。
「弟弟子のアイツがそんなことを!? よっしゃ、そんならオレは…」
というわけで、升田はソフトBの開発者とタッグを組む。

…このようにして今まで一匹狼としてやってきた棋士たちがチーム化していくことが大いに考えられる。
その結果、今までの概念を吹き飛ばすような新手がどんどん編み出されるはずだ。
「大山 vs. 升田」対決は新たなファンを獲得するに違いない。

また、プロ棋士の有益なフィードバックは、ソフトの洗練化を格段に速める。
その結果、優秀な教育ソフトが生まれる可能性は大いにある。
学校への導入、さらにはITの強みを生かし、言葉の壁を軽々と乗り越え、全世界へ普及という状況になったら…。
敵だとばかり思っていたCPUが、実は心強いパートナーだったとなれば、こんなに素晴らしいことはない。

今は棋士たちにとって冬の時代かも知れない。
これが新たな春の季節への有意義な胎動期間となることを、ファンの片隅にいる者として願ってやまない。

また、将来きっと起こるであろうハッピーな話題も心待ちにしていたい。

それは「初の女性棋士誕生」のニュースだ。
このときばかりはマスコミも屈託なく祝福してくれるだろう。

その女性棋士の名を、仮に里見カナとしよう(どこが仮?)。
カナたんが居並ぶ男どもを打ち負かすたび、それは華やかな話題となって世の女性たちに勇気を与えてくれるだろう。

カナたんがどんどん強くなり、タイトルでも獲ろうものなら大変な騒ぎだ。
さらに夢は広がり七冠制覇ということにでもなったら、“神童”羽生善治以来の社会現象となるのは必至だ。

記者会見会場で、はにかんだ微笑みをうかべるカナたん。
おもむろに片耳に手をかけ、ベリベリと皮膚をひっぺがし、メタリックの頭蓋骨をテカらせながら、
「実は私、CPUでしたあ!」
などというオチのつかないことを祈る。

(以下、引用です)
勝又清和

いずれソフトがプロ棋士の実力を凌駕することはわかっていたのだから、基本的には受け入れるしかありません。いい手でも悪い手でも、人間らしい個性を盤上できちんと見せるしかないと思います。悪手だって個性なんです。そう指したからにはその人なりの理由があって、それがおもしろかったり、共感できたりすればいい。もちろん無気力な将棋を指していたらファンは離れてしまうでしょうけど。

西尾明

認知科学の本を読んで、「なるほど」と思ったことがありました。いかに人間がバイアス(先入観)に陥りやすいかという話があって、たとえば人間が新しい価値観に触れる際にどういう意思決定をするかというと、自分にとって親しみを感じるもの、認知容易性というのですが、そういうものに対しては積極的に取り組みやすいし、そうでないものに対しては「なんだこれ」と親しみを持てなかったりするそうです。だからその人にとって、コンピュータが認知容易なものかどうかは大事だと思います。

千田翔太

ソフトとあれこれやってわかったのは、人間はやはり終盤力に問題があるということです。自玉がどれだけ安全か危険かを把握する能力が、ソフトに比べて著しく低い。以前からある程度はわかっていることでしたが、あまりにも度が過ぎます。今後は終盤力の強化をとりあえず真っ先にやります。

村山慈明

ソフト同士で指すと長手数のねじり合いになる。だから将棋は強い者同士がノーミスで指すと、長手数になってなかなか終わらないゲーム性なのかもしれません。羽生(善治)さんと渡部(明)さんの歴史的な一局はすごく長いでしょう。やっぱり早く終わるときはどっちかがミスをしている。ただソフトの将棋は形がグロテスクというか、美しさがまったくない。でもそれは人間の感覚で、ソフトからしたらあれが美しいのかもしれない。棋士は積み上げてきた感覚があるので、ソフト同士の対局にあまり興味を持てないのかもしれませんね。

森内俊之

プロ棋士としてやっている以上、少しでも内容を充実させたいと思いますが、人間は必ずどこかで間違える。それが現実です。将棋の世界に限らず、どんな世界でもミスをしない人はいないのです。そして人間は有限の時間の中で生きています。すべての前提が違う。人間とコンピュータを比較することに大きな意味があるとは思えません。

佐藤康光

何度も言っていますが、将棋はそれほど簡単ではない。一局の将棋を報道していただく時にも、いちばんインパクトのある局面しか記事にされない。でも将棋は平均で110手あるので、少なくとも110の思考とドラマがあります。全部を見ていただいて、最後にこうなったんだなと判断されるのならいいんですけど、最初、急所、おしまいと3ヵ所の局面しか記事になっていない。それはちょっとどうなのかなと疑問に思うこともあります。

行方尚史

“産児制限”を設ける、つまりプロ棋士になれる人間を厳しく限定して、その代わりプロになってしまえばある程度は生活を保障する、という互助会的な制度だったことは否定できません。勝負の世界なのに、活躍できなくてもなんだかんだと食べていけたわけです。それは将棋界の甘いところだし、守られていたところだったでしょう。プロ棋士って本当に強いの? と訊かれて胸を張れる人は何人いるのか。だからいまは、将棋界の根本的なところに対して、ソフトというナイフを突きつけられているんです。

渡辺明

これは大事なことですが、現状ソフト研究が浸透していても、勝つ人は以前と変わっていません。結局、総合的に頭のいい人が勝つことに変わりはない気はします。

羽生善治

学ぶことは結局、プロセスが見えないとわからないのです。問題があって、過程があって、答えがある。ただ答えだけ出されても、過程が見えないと本質的な部分はわからない。だからソフトがドンドン強くなって、すごい答えを出す。でもプロセスがわからないと学びようがないという気がするのです。
(中略)
もしそれがきちんとできるようになったら、完璧な先生ですよね。人間が教える場合でも先生自身、本当に合っているかどうか、よくわかっていないわけですから(笑)。もちろん一生懸命教えていて、プロセスも説明しているんですけど、それがきちんと相手に伝わっているか、有効かどうかもわからない。そこがガラス張りになったら本当にすごいことだと思います。


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目次 (amazonより転載)

序 章 窮地に立たされた誇り高き天才集団

棋士の収入/将棋のはじまりと状況の変遷/奨励会と“産児制限”/コンピュータ将棋の歴史/忍び寄る脅威/結局「どっちが強いのか」/頼ることへの違和感と不安/不屈の棋士たち

第1章 現役最強棋士の自負と憂鬱

◆羽生善治 : 何の将棋ソフトを使っているかは言いません
なぜエントリーしなかったのか/ソフトの将棋は異質/プロセスがわからないと学びようがない ほか

◆渡辺明 : コンピュータと指すためにプロになったのではない
ソフトの弱点を探るほど暇じゃない/使う人間の頭の良さが問われる/行きつく先は「でたらめな将棋」? ほか

第2章 先駆者としての棋士の視点

◆勝又清和 : 羽生さんがいきなり負けるのは見たくない
羽生は別格/プロ棋士の「無知の知」/棋士の個性と説明責任 ほか

◆西尾明 : チェス界の現状から読み解く将棋の近未来
棋士と学歴/電王戦の参謀/チェス界のいま ほか

◆千田翔太 : 試行錯誤の末に見出した「棋力向上」の道
「事実上ソフトは棋士を超えた」/人間の弱点/研究会ではわからないこと ほか

第3章 コンピュータに敗れた棋士の告白

◆山崎隆之 : 勝負の平等性が薄れた将棋界に感じる寂しさ
幹部候補生優遇という不平等/ヘッドギアをつけて試合をしている感じ ほか

◆村山慈明 : 効率を優先させた先にあるものへの不安
ソフト研究で覚えた葛藤/「それは人間の手ですか?」/羽生の頓死に興奮 ほか

第4章 人工知能との対決を恐れない棋士

◆森内俊之 : 得られるものと失うものの狭間で
ソフトの貸し出しは必要ない/ソフトと指しても楽しくない ほか

◆糸谷哲郎 : ソフトの「ハチャメチャ」な序盤にどう慣れるか
人間は中・終盤で必ず間違える/対局の時間配分が変わってきた ほか

第5章 将棋ソフトに背を向ける棋士

◆佐藤康光 : 将棋はそれほど簡単ではない
ソフトの力は借りない/衝撃の敗戦 ほか

◆行方尚史 : 自分が描いている理想の棋士像とのズレ
「ここまで勝てないものなのか」/ソフトの影に脅えながら/プロとしての矜持 ほか