タイトルは「フツー」じゃなくて、横棒をもう一本足した「フツーー」だったのかと、今気づいた。
そこからしてフツーじゃないっていう。
なかなかやってくれます。

古い体質に凝り固まっていた陸上界を一変させた「新しき人」、原晋氏。
その発想の斬新さには舌を巻くばかり。
なかでも驚かされたのは、駅伝コースで道が狭くてTV曲の中継車が難儀をする区間に目をつけたエピソード。

テレビに映されるのは限られた選手であることに気づいていた原監督は、自分のところの選手をレース前に猛烈に売り込んでおいた。
「あの原監督がそういうのだから」と、当然カメラは青学の選手を狙う。
結果は区間5位。
それで「作戦成功」と書いてあるということは、その選手は実力以上のパフォーマンスを発揮できたということだろう。
つまり「テレビパワー」と言うか、敢えて注目を集めておいて、火事場の馬鹿力を引き出したというわけ。

スポーツ界で、ましてやアマの世界でこんな発想のできる人がいただろうか。
この人はタレントに転向したとしても成功するだろうなあ。

それからこの本自体、とても斬新なことをやっている。
ふつう巻末には、作者名と、編集者、あとは装丁した人の名前くらいしか載っていないものだけれど、この本には何と50人近くの関係者の名が記されてある。

思うに特別に本書だけ、それだけの人間が動員されたということではなく、普段の本作りでもそれくらいの数の人たちは関わっていたけれども、業界の慣習により無記名にされていたということではないか。

まあ近年の映画のエンドロールみたいに、役者のスタイリストさんの名前までクレジットされて、名簿みたいなのを延々と見せられるというのなら困りものだが、本の場合は今までと同じ1ページで収まるので読者に実害(?)はない。

書籍のクレジットというのは半永久的に残るものだし、出版業界の方々もより気合いが入るのではないか。
それで良い本がガンガン世に出てきてくれるのなら読者としても望むところだ。

(以下、引用)
しかし、サッカー日本代表のインタビューなどを見ていると、先輩を『君』付けで呼んだり、ニックネームで呼び捨てにする選手もいました。これは先輩に対して敬意を抱いていないからではありません。瞬間的な判断力が求められるサッカーの試合中に、いちいち先輩に敬意を表している時間はないということです。
理由を聞けば理解できますが、私がいた陸上界ではありえないことでした。そういう違いを目の当たりにする度に、時代が変化していることを実感していました。

「今まではこうしてきた」とか、「前例がない」というのは、考えること、工夫することを放棄した人が使う言葉だと思います。

私が監督に就任したばかりのチームの状態で、「箱根駅伝、優勝だ!」「箱根から世界を目指そう!」と言ったところで、28年間も出場できていないわけですから説得力は微塵もありません。当時、スカウトの現場でも、強化部1期生の選手を集めたミーティングでも話していたのは以下のようなことでした。
「目指すのは箱根駅伝出場だが、実現できないかもしれない。しかし、私は10年で優勝を狙えるチームを必ずつくる。そのための礎になってくれ。優勝したときには必ず君たちの頑張りを伝えていく。この一歩がなければ優勝できなかったと」

極端なことを言えば、社会に出て役に立つのは、速く走ることより、組織の中で生きるための人間性です。
人としてどうあるべきか。
これは、スポーツ選手やビジネスマンに限らず、誰にでも、人生のどの段階でも必要なことです。ですから、「裏切るな、責任を持ってやれ、嘘をつくな、約束は守れ」と、私は部員全員に口を酸っぱくして訴えています。

青学陸上競技部の場合、朝5時起床、門限22時、消灯22時15分が基本です。また、朝食と夕食は栄養を管理した寮の食事をとり、寮内の自室はもちろん、食堂や廊下など共有部分は全員で掃除をします。特別な生活スタイルではありません。ただ、こうした人として当たり前の生活を定着させるのに、3〜5年はかかりました。

(前略) 一つ青学に恩返しできたことがあります。それは駅伝中継のアナウンサーに、「フレッシュグリーンの青山学院大学!」と、レース中に何度も連呼されたことです。私は青学のたすきの色を「フレッシュグリーン」と名付けましたが、そんな色は世の中には存在しません。私の造語です。緑を基調にした学校は他にもあります。でも青学のイメージにぴったりだと思いませんか。「青学は何色ですか」と取材で聞かれて、とっさに私は「フレッシュグリーンです」と答えていたのです。「緑の青学」ではそうもいかなかったのではないでしょうか。

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