3月8日は名匠ジョージ・スティーブンス監督の命日。
代表作は『シェーン』(1953)、『アンネの日記』(1959)、『有頂天時代』(1936)、他多数。

ジョージ・スティーヴンス(George Stevens、1904年12月8日 - 1975年3月8日)は、アメリカ合衆国の映画監督、映画プロデューサー、脚本家、撮影監督。アカデミー賞受賞者。 ※ Wikipediaより引用

というわけで、アカデミー賞6部門受賞に輝く傑作『陽のあたる場所』を観賞した。

まずは簡単なあらすじを。(ネタバレしています)

野心に燃える青年ジョージ(モンゴメリー・クリフト)は、親戚を頼って上京してくる。
その親戚というのが、街で知らぬものがないイーストマンという大企業一家。
いちおうジョージの姓もイーストマンなのだが、彼の両親は布教活動に明け暮れ、お金と縁の無い生活をしてきた。

まずは水着を包装する工員として雇われたジョージ、作業効率アップのレポートを提出したりと上昇志向満々だ。
だが、雇われて数ヶ月経ってもイーストマン家からは何の音沙汰もない。

そんなジョージを熱く見つめるのがアリス(シェリー・ウィンタース)。
「恋愛禁止条例」があるにもかかわらず、二人はこっそりとつきあい始める。

その後、ジョージはイーストマン家のパーティーに参加を許される。
(男は全員がタキシードに蝶ネクタイという盛装の中、ジョージだけが背広にネクタイという惨めさ)

孤独なジョージがひとりビリヤードで暇をつぶしているところへ、アンジェラ・ビッカーズ(エリザベス・テイラー)が現われた。
上流社会でただいま絶賛売り出し中のお茶目ガールである。

ジョージは一気に燃え上がる。
アンジェラのほうもまんざらでもなさそう。

こうなるとアリスが重荷になってくる。
しかも彼女を妊娠させてしまった。
ジョージは堕ろすよう説得するが、うまくいかず。
あたしと結婚して! となるのは当然のなりゆきか。

ジョージは押し切られるように教会へ式を挙げに行くも、その日は休み。
このあたりでジョージの心に殺意が芽生えてくる。
アンジェラ・ビッカーズとはその後も順調に交際が進み、いまや両親の承諾も得て、結婚にこぎ着けられそうなのだ。

ジョージは、アリスが泳げないことを知っている。
彼はうまく言いくるめて、貸しボートで湖上へ誘い出す。

どんどん人気の無いほうへ漕いでいくジョージ。
凄まじい表情。
あたりはもう暗い。
流れ星を見つけたアリスは二人の、いや三人の幸せを願う。

だがそのうち言い争いになり、興奮した二人はバランスを崩しボートから転落。
ジョージはひとりで岸まで泳ぎ着く。
そのまま後ろを振り返らず、どこにも連絡もせずに帰宅───。

数日後、アリスは水死体となって発見される。
証拠を残しまくりのジョージはあえなく逮捕される。

そして法廷へ。
争点は「事故か、殺人か」。
マーロウ検事(レイモンド・バー)の鬼気迫る追求が功を奏したか、陪審員の下した判断は「有罪」。

死刑執行の日がやってきた。
ジョージは、いっとき手に入りかけた「陽のあたる場所」を幻視しながら死刑場へ引かれていくのだった───。

感想。。。

この映画は、かりに音を消して映像だけを眺めても、おおまかなストーリーが把握できるくらいに分かりやすくできている。

だが深読みしようと思えばいくらでも出来そうな感じもあり、
そういう意味でも実に面白い作品だ。

いくつか例を挙げさせていただくと、まずジョージとアンジェラ・ビッカーズの出会いの場面が興味深い。

ここで出てくるアイテムは、
  • ビリヤード

  • ワインのボトル

  • ライフル銃のコレクション

なんだかフロイトかぶれの映画評論家が好みそうなものばかりだ。

ビリヤードは「玉を突き」「穴に入れる」遊び。
ワインボトルは、口のあたりをアンジェラに「撫でられ」「さすられ」る。
壁に飾られているライフルは「発射」する道具。
といった具合だ。

これらが意図するところは、二人の間に精神的な結びつきは何もない、ということだろう。

結婚直前までいった上流階級の女性と、下流階級の男性。
だがアンジェラにとっては、ただの気まぐれなデートの延長に過ぎず、またジョージにとっても上流階級に潜り込むきっかけでしかなかった。

ジョージの服役後、アンジェラはけなげにも刑務所を訪問する。
だがこれも「愛ゆえに」の行動のようでいてその実、「死刑囚の恋人を想って刑務所まで逢いに行く私」に酔いたいだけ、世間へのアピール、のように私には見えた。

刑務所には、ジョージの母親も面会に来た。
この映画で一番恐ろしいのは、彼女だ。
息子がもうすぐ死刑になるというのに、この母親は不気味なほどに無表情で、二言目には「神様が〜」「神の赦しが〜」と口にする。

ジョージはこんな親に育てられたのか、と愕然としてしてしまった。
おそらく家庭内は問題が山積だったろう。
なんでも「神が〜」で済ませ、あとはほったらかしにしたのだろうから。
母親は今や感情を無くし、思考することもやめた、人間の皮を被った操り人形にしか見えない。
ジョージが、宗教かぶれの親によって非常なトラウマを刻みつけられたであろうことは、他のシーンにも散見される。

アリスを殺したのはジョージである、と断言して憚らないものであるが、
彼の少年時代を想像すると、一片の同情を寄せずにいられないのもまた偽らざるところだ。

それからもうひとつ特筆すべき箇所がある。
それはアリスが産婦人科医を訪ねるシーン。

上のあらすじ紹介で、「ジョージに堕ろすように言われ」とネタばらしをしたが、これはシーンを見終わったからそう断定できることで、初見では分からない。
アリスが自らの意志で堕胎しにやってきたようにも見えるのだ。

彼女は最初、「結婚している」と、医師に嘘をつく。
「経済的に苦しいので」やってきた、とも。
決して「堕胎」とか「堕ろす」という言葉は口にしない。

が、医師は断乎として産むように勧める。
するとそのうちアリスの言い分が変わってくる。
「夫に逃げられた」
もう嘘をついているのがバレバレだ。

このとき医師は診療室をゆっくり歩き回ったり、外の景色を眺めながら、彼女の話を聞いている。

そうした後に医師は言うのだ。
「この場合にはご両親に話すのがいい。それが懸命だし、それしか方法はない」

やっぱりダメか、とアリスはしょんぼりと診療室を後にする。
彼女は通りへ出ると、駐車している車へ。
そこにはジョージが待っていた…って、ええええええ!?

と、ここで初めて「すべてジョージの指図だった」ことが観客に明かされる、という構成になっている。
そうなってくると、先ほどの診療室での会話の意味が変わってきてしまうのだ。

医師は「外の景色を眺めながら」アリスの話を聞いていた。

実はこのとき医師は、外に車が止まっているのを見たのだ。
さらには男の姿も…いや、たぶん。
(カメラは室内から一歩も出ず、外の景色などは一切映さない)

それで医師はすべてを察する。
「目の前の女性は大変なトラブルに陥っている」と。
妊娠させ、堕ろさせる男。
女に嘘をつかせる男。
この男に関わってるかぎり幸せにはなれない、と。

おそらくこの年配の医師は、今まで何度も同じような境遇に陥った女性を見てきたのだろう。
何人もの男が、女だけを行かせ自分は車の中で待っているのを、苦々しい思いで診療室から眺めてきたのだろう。
だからこそ、その後「ご両親に話すのがいい。それしか方法はない」と、別の解決方法を提案し始めたのだ。
このアドバイスが、医師の立場として出来うる精いっぱいだったのだ。

ただアリスにとっても我々観客にとっても、医師が言う内容は、男を見る前も見た後もさほど変わらないように聞こえる。
「堕ろすな。産め」と、話の大まかなベクトルは同じなので、それがこの重大な変化点を気づきづらくしている。

アリスの運命の分かれ目は一見、
「教会が休みでさえなかったら二人は結婚できていた」
というところにあったように見える。

だがもし教会が開いていて二人が結婚したとしても、ジョージといるかぎり、遅かれ早かれアリスの身の上に不幸な出来事は起きていたと思う。
アリスの悲運の予兆はそのずっと以前、
「彼女ひとりに産婦人科の扉を叩かせた」ところですでに現われていた。

ジョージが湖上でアリスにだけ見せた、あの凄惨な顔。
口から出る言葉がことごとく偽りという稀有なる男の、あれは心の闇が顔を覗かせた瞬間だった。

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キャスト
ジョージ・イーストマン : モンゴメリー・クリフト
アンジェラ・ビッカース : エリザベス・テイラー
アリス・トリップ : シェリー・ウィンタース
ハンナ(ジョージの母) : アン・リビア
マーロウ(地方検事) : レイモンド・バー

監督/製作 : ジョージ・スティーブンス
脚本 : マイケル・ウィルソン、ハリー・ブラウン
音楽 : フランツ・ワックスマン
撮影 : ウィリアム・C・メラー
編集 : ウィリアム・ホーンベック
美術 : ハンス・ドライアー、ウォルター・H・タイラー
装置 : エミール・クリ
衣裳 : イーディス・ヘッド