映画は観たことがあるが、原作を読むのは初めて。
ちなみに映画は1933年版と1949年版が有名で、私が観たのは1949年版のほう。

映画を観て「若草物語」を知ったつもりになっていたのが恥ずかしい。
映画自体はとても良くできていた。

原作ではマーチ家の「1年」が描かれているのに対し、映画では次女のジョーが自立、結婚するまでの「数年間」が描かれている。

これは全4巻からなる「若草物語」の第2巻までが、映画の原作に使われていることによる。

そのため映画の中の若草たちは、原作より年齢が高い印象を受ける。
当時30代のジューン・アリソンが、15歳のジョーを演じていたのだからそれも当然か。

参考までに、原作は以下の設定になっている。

メグ ……16歳
ジョー …15歳
ベス ……13歳
エイミー 12歳

こんなに若かったとは…と、最初のうちはとまどった。
なにしろJ・アリソンの印象が強烈すぎて、本の中身と釣り合いが取れないのだ。

ここで大いに助けになったのが、藤田香さんのイラスト。
ときおり差し挟まれる、現代風の初々しい若草たちが、徐々にその輪郭をくっきりとさせていき、往年の映画俳優たちを頭から消し去ってくれた。

肝心の内容は、優しい母と仲の良い四姉妹の1年間が綴られている───ことは今さら言うまでもないだろう。

ちなみに父親は従軍していて不在。
従軍といっても武器を持って闘うのではなく、牧師として。

家はかなりの貧乏。これは父親が知り合いのために財産のほとんどを投げうったことによるもの。
だがお金があろうとなかろうとこの家族の心は沢山のものであふれている。
愛、思いやり、他人の幸せを喜び、他人の不幸を悲しむ気持ち───。

こう書くと、なんだか出来すぎた人たちのようでちょっと鼻につく方もおられるかも知れない。
かくいう私もそうで「世界名作」とか銘打たれたものは意識的に避けるようにしてきた。(笑)

ところが「若草〜」はそうならなかった。
彼女たちの愛の行動の裏には痛みや哀しみが伴っているからだ。

たとえば、次女のジョーがどうしてもお金が必要になり、大切にしていた「あるもの」を売るというエピソード。

家族の前では平気を装っていたジョーだが、夜ベッドの中で、その「あるもの」を失ったことに耐えきれず、ひとり秘かに号泣するのである。

一見とても楽しそうに過ごすマーチ一家。
だが人もうらやむようなその幸福は、それぞれが我慢や努力を持ち寄った上で、はじめて成り立っているのだということがわかる。

素晴らしい一冊。

(巻末の訳者解説に2,3,4巻のネタばらしあります。ご注意! )

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関連リンク ;

「若草物語2 夢のお城 青い鳥文庫」オルコット・著 | 別れ、そして新たなる出会い。

映画『若草物語』(1949・アメリカ)の世界