「スター誕生!」というオーディション番組が、何としてもスターを生み出す必要があった経緯については、
「夢を食った男たち」阿久悠・著 | 伝説の番組『スター誕生!』の軌跡
にチラッと書いた。

かくして生まれた最初の人気歌手は森昌子。
そこに桜田淳子、山口百恵と続き「中3トリオ」の名で親しまれるようになる。

当時の空気は、年端のいかない娘さんたちを視聴者みんなで応援していこうじゃないか、という暖かいものだったと思う。
子供だった私も、近所のお姉さんが普段着のままテレビに出ているような錯覚というか親近感を覚えたものだった。

それがピンク・レディーの時はまったく違った。
「ペッパー警部」で衝撃デビューを果たした彼女らのターゲットは「スタ誕」をいつも観ている視聴者ではなかったように思う。
阿久悠の著書によると、当初のターゲットは大学生だったらしい。

超ミニスカートをはいて、足をパカパカと広げるダンスは、何か見てはいけないものを見ている気にさせられた。
近所のお姉さんが遠くにお嫁に行っちゃった、それも借金がらみで…みたいな一抹の寂しさを感じたものである。

さらに少年を混乱させたのが、阿久悠の歌詞である。
夜遊び好きの少女たちが、ペッパー警部にからまれて超ウゼー、みたいな話なのにエンディングでは「ペッパー警部よっ♪」と、満面の笑みでポーズを決めて終わるのだ。
え? さっきまで毛嫌いしてたのでは…?
と混乱に陥ってしまった。

さらに「渚のシンドバッド」の2番では
「うっとりさせるテクニック、腹が立つほどよ♪」

…うれしいの? 怒ってるの? ねえ、どっちなの?
これも子供にはわからない世界である。

これに似た思いは「キューティーハニー」でも味わった。
アニメのOPでバイクにまたがったハニーが、後ろの男に胸をわしづかみにされるところがそうだ。

こんな不埒なヤツには当然ハニーフラッシュ炸裂でしょ、と思いきやハニーはなんと頬を赤らめて喜んでいるではないか!
女って…、女って…。

まあそれはともかく、大人の世界のノリで始まったピンク・レディー。
これがなぜか女子児童のあいだで大人気となる。
いや「なぜか」ではない。
土居甫の振り付けに子供たちが食いついたのだ。

当時ピンク・レディーを売り出すにあたって、どういう戦略が立てられたのか。
いろいろググっていたら、2冊の著書が引っかかった。

山の向こうはなんだろう
俺とピンク・レディー―振付け・土居甫の世界

「俺と〜」のほうはすでに絶版。
アマゾンでなんと6万を越える値がついている。

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もちろん買えるはずもないので図書館で借りた。
冒頭、「モンスター」の振り付けが、カラーの分解写真で載っている。
それからラスベガスのステージ風景。

かんじんの中味だが、思ったよりPLの話題は少ない。
でも土居氏の半生がめっぽう波乱万丈で、読んで損はなかった。
(ただし、面白さの点では『山の向こうはなんだろう 』に軍配が上がるかな)

ここではピンク・レディーに関する部分をいくつか、誠に勝手ながら引用させていただいた。

>ぼくと彼女たちの“三人三脚"が始まったのは、その年(五十一年 ※1976年)の四月頃だった。この頃から、ぼくは、ふたりの魅力にひかれ始めている自分に気づくようになった。彼女たちの魅力をひとことでいうならば、あの大地をがっしりと踏みしめている太い腿(あし)がいい。野育ちの土の匂いがぷんぷんとしていた。図太くって、したたかで、それでいて可愛い。彼女たちの腿には表情があった。泣いたり笑ったり、ときにはすねたり怒ったりもする。都会の中では、もう、見られなくなった生活している者だけがもつ腿だ。
ぼくは、ふたりにレッスンをつけながら、自分がおかしいくらいのっているのがわかった。

ぼくには、妙なクセがある。ふたりにレッスンをつけるとき、だいたい左しか見ない。つまり、ミーのほうだけ見るのである。
稽古をしながら“歌ぶり"の構成を模索しているときとか、新しいものをやるときは、“左"の動きを見て決めることが多い。それは、ミーが上手だからではない。彼女には、ちょっと言葉で表現しにくいのだが“何か"があるのだ。
そのサムシングが、ぼくの頭脳を刺激し、イメージがふくらんでいく。そんなことをケイはよく知っていて、
「先生はあたしのことを見てくれない」
という。見たいけど、見てしまうと、「これでいいや」
みたいに、彼女が踊るふりに、ぼく自身が妥協してしまうのではないか、という怯えがあるからだ。だから、どうしてもミーのほうばかりを見、<もうちょっと、もうちょっと>と、自分にハッパをかけ、イージーになることをさけているのである。もちろん、トータル的には、ふたりを見ているのだが。

「渚のシンドバッド」は、昭和五十二年(※ 1977年)六月二十五日発売である。
(中略)
一九三〇年頃のロング・ビーチ。日本でいえば、大正の末から昭和初期の海浜風俗。
<横縞のワンピース型水着姿のお嬢さんたちは、どんなことをして遊んでいたのだろう>
ヘッド・ホーンから、都倉さんの曲が流れ込んでくる。ぼくの頭の中で主人公が動き出す。水割りを飲みながら、そのイメージが熟しきるのをじっと待つ。

「ペッパー警部」のふりつけができあがって二週間ほどたったある日、ビクターレコードの上層部からクレームがついた。
「どうも、ちょっと行きすぎたみたいな、あの、下品にうつるんでは……」
重役は申しわけなさそうにいう。
「あの腿をひらくところをやめろというんですか?」
「いや、先生に命令しているわけじゃありません。自発的に、あの部分をはずしていただきたいと……」
「結論は同じじゃありませんか。できません」
ぼくも、精いっぱいつっぱねる。
「では、あの、中をとってもうすこし静かにですね、押えていただければ……」
「それもできません」
どうしてもあの部分が目障りだというのなら、ピンク・レディーの振りつけから一切手をひかせていただく、といって席を立ってしまった。
(中略)
仮にあそこで、「わかりました。ぼくのミスです。早速変えましょう」とやっていたらどうなっていたろうか。
ひとりのタレントを売り出すときには、世間に受け入れられるか受け入れられないか───紙一重の冒険をしなきゃならないときがあるのだ。ぼくが会社の上層部に強くいい張れたのも結局のところは、彼女たちの腿がすばらしかったからである。

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俺とピンク・レディー―振付け・土居甫の世界 (1978年)
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