大石賢一氏は今までに数多くのヒット作を産み出してきた。

「HOTEL」全321話 画・石森章太郎プロ
「STATION」全6巻 画・はしもとみつお
「朝倉くんちょっと!」全22巻 画・石塚夢見
「ラッキーレディ」全5巻 画・綾部瑞穂

などなど、挙げたら切りがない。
私は「築地魚河岸三代目」にめちゃめちゃ嵌まった。
全42巻のうち、大石氏は第一巻の原作を担当されている。

コミックスを手にとる前、「築地」で「三代目」というワードから連想したのは、若くて活きが良くて、ちょっとヤンキーがかっていて…といった人物像だった。

ところが1ページ目から予想を裏切られた。
なんと銀行の部長室という、意外な場所から物語は始まるのだ。

主人公は銀行員。事情があって築地に転職するらしい。
もうこれだけで主人公の前途が思いやられる。

案の定、魚河岸にはイジワルそうなヤツもいれば、実力のほどを拝見とばかりに無理難題を吹っかけてくるヤツもいる。

ところが、魚に関してずぶの素人の主人公は、持ち前の明るさと素直さと行動力でもって、徐々にまわりを認めさせ、人望を集めていくのである。

…この主人公のキャラクターは、マンガの王道そのものである。
今まで何百回、何千回となく繰り返されてきたパターンだ。
だがそれが分かっているのに、どうしようもなく惹きつけられてしまう。

その秘密が明かされているのが本書だ。
もう全ページに付箋を貼りたいくらいだが、なかでも衝撃的だったのは、
主人公には『幼児性』が必要、だということ。
(もちろん、絶対にというわけではない)

少なくとも、読者は主人公に『幼児性』を求めている。
あるいはそこまで行かずとも、許してはくれる、ということ。

これが本書を読んでの、大収穫だった。
超大物を釣り上げてしまったかも。
松方弘樹もさぞビックリだろう。(意味不明)

(以下、引用)
・活字屋は「こんな世界を書きたい。こんなテーマで書きたい」とテーマ優先で発想します。
・マンガ家は「絵が動く、それは楽しいことだ」と人物優先で考えます。
この違いです。

読者は主人公のキャラクターを好きになるのです。くれぐれも注意したいのは、ストーリーにほれるのではないのです。原作者がいくら頑張ってもストーリーだけを取り上げてほめてくれません。キャラクターがいるからストーリーが存在するのです。

私の場合、プロットにかける時間はシナリオにかける時間よりも長めです。24ページのマンガを書くとして、約一週間の流れはこうなります。

1日目 ぶらぶらと他の仕事をしながらアイデアのきっかけを待つ。

2日目 他の仕事のかたわら、二、三の候補をあげる。

3日目 他の仕事のかたわら、一つの話に特定し、固める。プロット 1。

4日目 資料が必要な場合、調べる。以下全力。プロット 2、3、4。

5日目 プロット 5、6、7。最終稿決定。

6日目 シナリオ書き1日目。約8割。

7日目 シナリオ前日の続き残り2割。約2時間。

マンガの主人公は自分の欲望に忠実であって許されるのです。実人生では許されませんよ。実人生で自分の欲望に忠実だったら、とんでもない嫌な奴です。
ところが、マンガの主人公は許されるのです。なぜでしょう。たぶんマンガの持つ特性である、幼児性を見たいという意識が底にあるのでしょう。読者は欲望に忠実な主人公を笑顔で見ているのです。こういう人いてもいいよね、と心の奥で許しているのです。
頭の固い活字屋的発想人はこれを理解できません。ストッパーをかけます。このノリがわかりません。頭で理解しても、書ける人はいません。これを面白いと思えない人はマンガ原作は無理かもしれません。

現代ってほとんど予想できる中でものを作っています。
前にも言いました。物語のパターンと呼ばれるものを知っておきましょう。そのためには何でも読んで、観て、感動することが大切ですね。
ではパターンを駆使して物語を作るとは。
・最初にストーリーの当たりを取る。デッサンのようなもの。
・キャラクターを置いてみる。歩かせてみる。
・試行錯誤する。最終的にキャラクターの歩いた道をストーリーとする。
・最初に考えたものにこだわらない。

私は傑作というのは、漫画に限らず皮膚感覚、感情感覚を持っているものだと思います。高尚なスタンスから生まれてくるものではありません。
活字屋的発想の人は高尚なステージのトップからマンガ世界を見下ろしていますが、この発想ではつまらないものしか生みません。「高尚だが、面白くない」、これではマンガではありませんね。
「くだらないけど面白い」、これが理解できない人がいます。「くだらないからダメ」という発想をします。くだらないと思うことでも真剣に徹すれば、本物に見えるのです。本物になるのです。マンガはそうやって生まれてきています。

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