五所平之助監督作品『村の花嫁』のフィルムは現存していない。
今となってはキネマ旬報別冊「日本映画代表シナリオ全集5」をひもといて、映像を想像するよりない。

簡単にあらすじを追っていく。

とある村で床屋を営んでいる家族がある。
評判の美人姉妹を目当てに、今日も男たちが押しかける。
しかし姉のお静(八雲恵美子)にはすでに許嫁がいる。
健一(人物表では“謙一" = 石山龍嗣)という軍人だ。
模範兵として新聞に載るほどに優秀な青年で、お静の将来は安泰に見えた。

そんなお静に横恋慕しているのが馭者の源公(若林広雄)。
ちょっとした不注意からお静の片足を馬車でひいてしまう。
お静は松葉杖なしでは歩けなくなってしまった。

おりしも帰省していた健一は、お静と夫婦になる気持ちに揺らぎはない。
だが村人たちは、お静とではなく、妹のお絹(田中絹代)をめとったらどうかと言い出す。

さらに運の悪いことに、お静は行商人の研安(星光)にレイプされてしまい、そのことが村中に知れ渡ってしまった。

…補足になるかどうか分からないが「研安」は「とぎやす」と読むのだろう。
当時は床屋さんの道具を研いで回る仕事があったようだ。
つまり研安はお静たちとは以前からの顔見知り。
お静が高名な医者に診てもらおうと、町まで出かけるのに研安はつきそい、その夜に旅館で間違いが起きた、という流れ…。

結局、健一はお絹と結婚する。
研安はどうしたかといえば、自分の行ないを悔いて断酒を誓い、樺太に渡って養狐場で働き始めたのであった。
(養狐場って…キツネの毛皮をとるための? まさか食用じゃないよね)
ケガして以来、心がねじくれがちだったお静であったが、研安から悔恨の気持ちに満ちた手紙をもらったことで、研安といっしょにあらたにやり直そうと希望の火を再び燃やすのであった…。

…というのがおおまかなあらすじであるが、検閲によりカットされた部分がある。
研安がお静をレイプする場面だ。
もちろんシナリオの上でも直接的な表現はなく、研安が以前にお静にプレゼントした櫛が、割れたまま床に放置されているという隠喩で表現されているのであるが。

検閲官はなぜカットしたのだろうか。
レイプされた相手のもとに自ら赴くなどとは不道徳、不謹慎だ、ということか。
五所監督の意図は違うところにあったと思うが。
むしろお静の強さを表わしたかったのではないか。

ともかく、重要な部分がカットされたにもかかわらず、本作は1928年のベストテン第6位に輝いたそうだ。

本作における五所監督の演出の素晴らしさを表わしている一文を見つけたので、誠に勝手ながら下に引用させていただいた。

「村の花嫁」は正面にクッキリと富士の見える美しい村の出来事である。乗合馬車にお静という娘(八雲恵美子)がひかれる。その直後、キャメラ手前から村人が数人、田圃づたいに現場へと一直線に駆けて行く。普通なら、ここでキャメラを乗合馬車のそばへ持って行くべきところだ。だが五所の演出は違う。一直線に縦に村人のあとを追うことをやめて、キャメラをそのまま右横へゆるやかに移動して、風にそよぐ稲穂のところでとまる静の極致である。キャメラが乗合馬車のそばへ寄れば、返って(ママ)効果はうすい。現場での村人たちのざわめきを無視し、風にそよぐ稲穂にキャメラを持って行くとは、なんというすばらしい映画技法であろう。ところで、乗合馬車にひかれて不具となったお静が、不可抗力によって貞操を奪われたばかりに、いかに不当にケイベツされるかを描くいっぽう、模範兵というものがいかに空虚な存在であり、こういう農村の人たちがいかに頑迷で形式的であるかを見せている。そして最後にこの虐げられた不具の娘が、貞操を破った相手の男の悔悟した、真心ある手紙を受けとって、勇気をふるいおこし、ともに働こうと決心するところを出して結んでいる。しかし、この最後の場面は検閲によって削除された。
「村の花嫁」は一部の批評家たちから昨日的であると非難された。「しかし、ぼくたちが日本人で人一倍日本映画に愛着を持っていたならば、これだけの作品ができたら、その昨日性を非難する前に、日本の現在の映画製作のコンディションを考えて、いちおうの祝福を与えてやりたい」と飯島正は言って、「村の花嫁」が日本映画近来の佳作であり、五所作品として最高のものであろう、とまで激賞された。事実、この映画において、五所は場面の転換に、俳優の扱い方に、カッティングに、線の細いが、鋭い良心のほとばしりを感じさせた。まことに昭和二年は五所平之助最高の年であった。 (岸松雄)

「お化け煙突の世界 映画監督五所平之助の人と仕事」佐藤忠男編 より



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村の花嫁 (日本映画データベースより一部転載)

監督 .... 五所平之助
脚色 .... 伏見晁
原作 .... 桃園狂太 (=五所平之助)
撮影 .... 三浦光男

配役
床屋の甚兵衛 .... 武田春郎
姉娘 お静 .... 八雲恵美子
妹娘 お絹 .... 田中絹代
末弟 正次 .... 小藤田正一
長沼謙一 .... 石山龍嗣
その母 お芳 .... 高松栄子
行商人 研安 .... 星光
馭者 源公 .... 若林広雄
村の世話役 茂作 .... 新井淳