第二次世界大戦、最後の戦場となった沖縄では、住民の方たちが大変な巻き添えにあった。
そのとき日本軍は何をしていたのか、ひめゆり関連の本を読んでもそのあたりがよく分からなかった。

本に出てくるのは負傷兵、あるいは鬼畜のような日本兵、あるいは心優しき日本兵といった極端な人々ばかりで、そのほかの多くの軍人たちは戦争をしているのか、ただ逃げ回っているだけなのか不明だった。

しかし本書を読んでいろいろな疑問が氷解した。
当時、日本の軍隊は籠城戦を繰り広げていたのだ。

終戦間際のアメリカとの戦力差は20倍とも30倍とも言われ、日本にまったく勝ち目はなかった。

勝ち目のない戦ならさっさと降伏してくれれば、特攻などで若者たちが命を落とすこともなかったし、沖縄の人たちが巻き添えになることもなかったし、広島・長崎に原爆が落とされることもなかった。

…とはよく聞く論だが、本書を読むと、別の見方もできなくはないと思えてくる。

勝ち目がないのに、なぜ戦うのか。
その意図は、アメリカ軍の流血の強要にあった。
最後まで頑強に抵抗することで、アメリカ国内に世論を呼び起こし、厭戦ムードを引き起こそうというわけだ。

勝っているほうからの停戦申し入れなら、降伏するにしても多少の条件は付けさせてもらえるかも知れない。

これがもし仮に、日本が簡単に降伏していたら、天皇制の終焉はおろか、日本という国自体が無くなっていたかも知れない。
沖縄で流された血が、日本を最悪の事態から救ったとも言える。

だからといって、民間人に戦争参加を強要させたり、時には殺めたりもした当時の軍隊が正当化されるわけではまったくないが。

沖縄では多くの民間人や軍人が自決した。
この自決に関しても、驚くべき事が書かれてあった。

「生きて虜囚の辱を受けず」

捕虜になるくらいなら死ね、という思想。
これは当時の軍国教育による洗脳が行き渡ったものだとばかり思っていた。

ところがこれがどうも違うようなのだ。
第一次世界大戦のときも、捕虜になった日本人はいた。
終戦後、解放され戻ってきた彼らは、べつだん軍隊から懲罰を受けることはなかった。

ところが、彼らが生まれ故郷に戻ってからがひどかった。
恥さらし、面汚しだと、町や村の人たちから徹底的に糾弾され、自殺、あるいは発狂に追い込まれた者もあったという。

つまり「生きて虜囚の〜」という考え方は、もともと日本人のメンタリティとしてあったのだ。

「武士道とは死ぬことと見つけたり」という武家時代の葉隠れ思想が、おかしなかたちで根付いてしまったのだろうか。

戦争で死ぬことを「玉砕」とか「散華」とか、なんとなくかっこよい言葉に置き換えるというのも同じ根っこだろう。

だが、究極の目的が戦争に勝つことであるならば、何が何でも生き抜いて帰ってきて、自分の体験、あるいは得た情報を提供することで、その後の戦いを有利に持っていくことこそが、軍人の本筋ではないのか。
(その情報を有益に活用できた日本軍だったかどうかは別として)

というのが本書の主人公、八原博道の基本的な考え方だった。
終戦間際、自決を選ばず捕虜になったのも、彼とすれば当然の帰結だったが、それを良く思わない元軍人仲間や、沖縄の方々も多くおられただろう事は想像に難くない。
籠城戦は彼の主張によるものだった。

だが、大本営には理解してもらえず、その齟齬が沖縄戦における被害をさらに拡大してしまったことも事実だ。

沖縄戦に関する本はたくさんあるし、八原氏本人も著書を出されているようなので、これからも引き続き読んでいきたい。

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