女優であるなしにかかわらず、"人間"高峰秀子に打ちのめされ続けている。

・ キッチンは使っていないのでは? と思うほど、いつもピカピカに磨き上がられていた。

・ 台所で水仕事をしていて、一滴の水しぶきも服に飛ばしたことがない。

というにわかには信じがたい"伝説"も、
この人なら本当にそうだったかもと、思わせられる凄味がある。

そして今回またひとつ衝撃の事実を知った。

それは、編集者に渡す原稿は、初稿をそのまま渡すのではなく、いちど大学ノートに下書きをして、その後あらためて清書をしてから渡していた、というのである。

原稿の写真も載っている。
じつに綺麗な字だ。
このページは後で切り抜いて壁に貼っておこう。

これを読んだ時、むかしテレビで観た某人気作家の原稿を思い出した。
それはミミズがのたくった…どころか悶絶死したような、ほとんど判別不能な原稿だった。

がしかし、当時の私はそれを汚いとは思わなかった。
それどころか、こんなものを高い金で出版社に買わせる力量に、かっこいいと感動さえしたのだから、我ながら情けない。

作家の数だけ流儀はあるだろう。
ナマ原稿が汚い作家は編集を見下している、傲慢だ、とは一概には言えない。
それに、高峰秀子が清書をしていた理由は、編集の読みやすさのため「だけ」ではなかったかも知れない。

が、理由はどうであれ、彼女のやり方のほうに無条件に感動を覚えてしまうのだ。
そして毎度のことながら、少しでもこの生き方を自分のものにできたら…と無いものねだりをしてしまうのである。

本書には、高峰秀子本人が描いた自宅の間取りも載っている。
「松山のお下がりの机、私用」
という文字。そこから伸びた矢印の先に、机が描かれている。

それとザブトン。…え? ザブトン? もしかして高峰さん、あのエッセイはすべて正座して書かれたのですか?

どこまで真剣に事に向きあう人なのだろうか。
ここまでくるともうエッセンスを云々どころの話ではない。
真似するのはとてもじゃないけどムリです。

その迫力ある生き方には、ただただ圧倒されてばかり。
かくして今回も"人生の達人"高峰秀子に、気持ちよく一刀両断、こちらのほうが「解体」されてしまったのでした。

なお、本書には、現存しないと思われていた高峰秀子のデビュー映画『母』のDVDが付いている。
高峰の没後、自宅に匿名で送られてきたそうだ。
何はともあれ、貴重な作品がふたたび日の目を見たことを喜びたい。

監督は野村芳亭。主演は川田芳子。1929年製作。当時5歳のデコちゃんが観られる。

(以下、引用)

>『母』解説

そして本作の撮影中、高峰は産みの母を演じた川田芳子の自宅に招かれたことがあり、その時のことを次のように語った。
「デブ(養母)と一緒に行ったの。車に乗った記憶はないから、家は撮影所から歩いていける所にあったんだね。当時、専属俳優はみんな撮影所の側に住んでたから。部屋は立派な日本間だった。そしたらそこで、川田芳子が振袖着てデレ〜ッとして、側に母親がべったりついて世話してるの。それ見た時、『あ、この人ダメだな』と思った」
この話を聞いた時、私は驚きの余り、「本当に五歳の時にそう思ったんですか? 後付けでなく?」と聞き返したものだ。
すると高峰は表情も変えず、
「うん。撮影でもないのに振袖なんか着ちゃって。こんな恰好して母親にかしずかれてるようじゃ、この女優はダメだと思った。よく覚えてる」

料理上手

松山(善三 ※高峰秀子の夫君)によると、かつては台所のカウンターにメニューが立っていたそうだ。「今日、これ、できます」と。ハワイに三カ月滞在中、松山に一つとして同じ料理を食べさせなかったという逸話もある。それほど夫を大切にし、レパートリーも豊富だった。

高峰秀子の家の履歴書

「松山さんが助監督になって少しして、木下(惠介)先生が『デコちゃん、松山君どう? 人物は保証するよ』っておっしゃったの。そうね、私も、働き者だしいい人だなとは思ってた。だって人の分まで仕事して走り回って、ズボンでスネ毛がすり切れる人なんて、いいじゃない? 男はね、仕事場で見るに限りますよ。一番その人間が剥き出しになるから。それさえよきゃいいの」

「私、一遍も自分が大女優だなんて思ったことないの。第一、映画はみんなで作るものよ。セットに釘を打つ人、その辺を掃く人、画面に出る人……。私はたまたま出る人だっただけ。割り算も引き算もできない大女優なんて、釘打ってる人のほうがよっぽど立派よ」

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