「書く技術」を求めて本書を読んだら、当てが外れるかも知れない。
「技術」よりもむしろ「精神」とか、あるべき「資質」や「心構え」について重点が置かれているように思う。

そもそも小説を一本書くのに、400冊の資料を読む人間がどれだけいるのか。
お手本にさせていただくには、あまりにもハードルが高すぎるお方だ。

全盛期には(もちろん仕事の質ではなくて量のことです)、書いて書いて書きまくり、ついに駅のホームで動けなくなり、救急車を呼ばれたそうな。
そのことを「人間としての限界まで頑張り切れた」と喜んでおられるふうなのには、もはや驚きを通り越して笑ってしまう。

そんなエピソードてんこもりの一冊。
「腹をくくった」人間の凄みが堪能できます。

(以下、引用)

タイトルリストは御品書きのようなもの

「いつでも書ける状態」になった話をぼくは、「タイトルリスト」に追加します。タイトルリストというのは、文字通り、タイトルを書いた紙でして、実際に連載を開始したり、本を出版する際にタイトルを変えることはありますから、その時点での、仮のタイトルです。これ、かなりの数のタイトルが並んでいるんです。
(中略)
それで、ある連載の終わりが見えてくると、担当編集者と会って話をするんですね。「獏さん、次はどうしましょう」っていう話になったとき、このタイトルリストをすっと差し出すんです。
(中略)
恐竜の本や中国の歴史書など、最終的には400冊は集めました。国内外の取材で手に入れた本もあります。といっても、400冊すべてを精読しているわけではありません。初めに目次を見て、必要そうなところだけを選んで読んでいく。「あ、これはもう知っているな」という箇所はどんどん飛ばして、使えそうな箇所、面白そうなページだけをじっくりと読む。

まず年表と日表を作成する

『大江戸恐龍伝』では、まず平賀源内が生まれてから死ぬまで、1728年から1779年までの年表をつくりました。1年1マスです。これはパソコン上のデータではなくて、A3の方眼紙をテープで貼ってつなげて、年表を手作りします。源内がとくに何もしていない年も空白のまま残しておく。こうしておくと年表を目で見て「空間把握」ができるんです。源内以外の実在した登場人物と見比べて、ああ、この辺は大きな事件がないから創作できるなとか、源内と円山応挙が大阪にいた時期を見つけて、じゃあ二人はこの時期に出会ったことにしようとか、どんどんアイディアが出てくる。

くじけそうなときに自分を支えるもの

少し脱線しますが「龍掌図」をめぐっては、おもしろい話があるんです。ぼくが京都国立博物館で見たのは『写生雑録帖』を拡大したものだったので、この絵の実物も見たいと思ったんですね。いろんな方を通じて、原画を持っていらっしゃる方がいるのはわかったのですが、どなたかは教えていただけない。そこで、応挙の研究者などいろんな方に間に入っていただいて「見せていただきたい」とお願いしたのですが、ダメでした。
それで、ある方と「なぜだめなんだろう」という話をしていたんです。彼が言うには「目垢が付くからじゃないですか」って。原画をお持ちの方がそう仰ったというのではなく、私の知り合いのあくまで推測なのですが、「目垢が付く」とい言葉をこのときぼくは初めて知りました。
(中略)
結局、「龍掌図」が載っている図版を購入しました。六万円くらいしましたが、手元に欲しかったものだから、必要な経費だと頑張りました。

喜怒哀楽のなかでどれがいちばん難しいか

では、泣かせるとか笑わせるとか、感情を強く揺さぶる場面をどう書くのか。
ぼくの場合、「よし、泣かせよう」と思って書くということは、あまりありません。漠然とした説明になりますが、「ここだな」という腹のくくり方をするんですね。喜怒哀楽、どんな感情であれ、ひとつのシーンで、「よし、ここに、ぼくの感情をぶつけていこう」という感覚で書きます。『大江戸恐龍伝』で言えば、平賀源内が自身の怒りや哀しみ、やりきれなさなどを、恐竜に重ねていくあたりですね。そこにぼく自身の思いものせて書きました。それはぼく自身の思いでもあるのだけれど、多くの人に共通する思いでもあるはずなんです。
いまの世の中、思い通りに生きている人って、ぼくを含めて、そんなにいないと思うんですね。だから、「ここだ」という場面を決めてぼくの感情をぶつけて書けば、それは必ず読者にも伝わる。普遍的な感動につながると信じて書いています。

勝負してはいけない局面がある

ぼくの場合、答えに近づく最良の方法は、原点に戻ることです。書いている小説のテーマに立ち返って、自分が何を書きたいと思っていたのか、そもそもどういう話なのかを思い出します。連載を最初からゆっくり読み直したりもしますね。原点に回帰すると、意外とすんなり答えが出たりするものです。これは裏を返せば、立ち返るべきテーマや動機が、創作においていかに大事かを示しています。

文章を上達させるには面白がる心と訓練

「表現」については、忘れられないフレーズがあります。
1980年代の後半、プロレスラーのアントニオ猪木さんと藤波辰爾さんの関係がギクシャクした時期があったんです。藤波さんといえば、猪木さんに憧れてプロレスラーを目指し、猪木さんの付き人も務めていた愛弟子ですから、猪木さんにしたら自分の子どもみたいなものなんだけど、まあ、いろんないきさつがあったんですね。
それで二人は試合をしたんですが、そのとき、新日本プロレスの実況中継をやっていた古舘伊知郎さんがこう言うんです。
「藤波よ、猪木を愛で殺せ」
ぼくはこれにしびれましてね。
(中略)
だってこの本を読んでくださっている方はこれから、「愛で殺せ」を使えるわけでしょう。似たような場面に遭遇したら───たとえば道で男と女が揉めている場面では、「愛で殺してしまえばいい」と書くことができる。あるいは応用も利きます。「笑いで殺せ」とか「泣きで殺せ」とかいろんなバリエーションが考えられる。一つのフレーズを覚えることで、表現のストックが増えていくんです。
大事なのは"面白がる心"だと思います。お、これは面白いぞと心が動けば、そのフレーズは自然に自分のなかに刻まれます。そして表現の引き出しが増えていきます。一方、心が動かなければ、そもそも「良い表現だな」とも感じてないわけですから、どんなに素晴らしい表現を見聞きしても、目の前を通り過ぎていってしまいます。
表現力を付けるためには、才能プラス、面白がる心と訓練、いわば真似です。小説に限らずさまざまな表現に接して、面白がる心が自然に育つというのがいいと思います。

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<目次>

はじめに───いつでもどこでもワンカード・ワンアイディア

第一章 創作の現場 一つの小説ができるまで

三六五日、毎日書くということ
ある日、事故のようにテーマに遭遇する
ゴジラへの不満がキッカケとなる
書く前に決めること、書きながら決めること
タイトルリストは御品書きのようなもの
資料を読むとどこまでわかっているのかがわかる
取材先の雲南省で「五芒星」に出会う
まず年表と日表を作成する
「神を生む力」が得られるとき
『陰陽師』には「とにかく書く」術を使う
『魔獣狩り』のベッドシーンの素晴らしい点
嘘をつくレベルを決める
どんなアイディアを捨てるか
くじけそうなときに自分を支えるもの
ぼくの物語の終わらせ方
ラストは本当に一つなのかという疑問

第二章 創作の技術 面白い物語をつくるポイント

四歳からぼくは作家だった
文字のない時代にも物語はあった
「道」という漢字は「生首」に由来する
登場人物は「人間の典型」を意識すること
悪役の系譜から生まれた安倍晴明
脇役キャラを主人公にもってくる新しさ
どうしても源博雅が必要だった理由
確信犯と天然のコンビ誕生
野村萬斎さんに晴明役をお願いする
喜怒哀楽のなかでどれがいちばん難しいか
良いタイトルの条件とは?
『新大菩薩峠』といタイトルをなぜやめたか
勝負してはいけない局面がある
自分が成長するためには完結させていくことも必要
「あとがき」は必ず書くようにする
誰も褒めてくれなければ、自分で褒める
売れているときこそ違う作風にもチャレンジする
無駄と思われたアイディアが花開くこともある
「椅子取りゲームです」と口説かれて書いた『神々の山嶺』
文章を上達させるには面白がる心と訓練
良い文章とは何か 1. ぼくを支えてきた一行
良い文章とは何か 2. 司馬遼太郎さんの圧倒的教養
良い文章とは何か 3. 宮沢賢治は天鼓の響き

第三章 創作の継続 どうやれば続けられるか

二〇代───無心に書き続けた生活
三〇代───アイディアを"外"に求めることを知る
四〇代───死ぬまでにあと何冊書けるのか
趣味が仕事の幅を広げてくれる
三〇代の文章と六〇代の文章の違い
どうやって売れる本を書くか
理想は書きながら死ぬ
新しいペンネームでデビューする理由
最後に書くと決めた「最終小説」

あとがき