話し上手で歌上手、太鼓が上手くて足が速い。
ケンカにゃ強いが女に弱い。
義理人情に厚く、侠気にあふれ、ないのは学歴だけという“無法松"こと富島松五郎。

芝居小屋に、ニンニクを持ち込んで、嫌がらせをするのはちといただけないが、彼なりの理由があってのこと。

そこから好感度はアップする一方。
軍人である夫に先立たれた良子(高峰秀子)にすがられて、気弱な坊やを一人前の男にしていく松五郎である。

はじめのうちは松五郎にベッタリだった少年も、思春期に差し掛かってくると、何となく面映ゆくなってくる。

車夫という職業に偏見があるわけではない。
だが学友たちは、明らかに松五郎を下に見ている。
それが素振りから伝わってくる。

もう「ぼんぼん」と呼ぶのはやめて、これからは「吉岡さん」と呼んでほしい。
良子の口からそれを聞いた松五郎は非常なショックを受ける。
三船敏郎が見せる、珍しく弱気な表情が、観ている者の胸を刺す。

そしてやってきた夏祭り。
祇園太鼓を松五郎が披露するクライマックス。
阪東妻三郎が演じた名シーンが、三船敏郎によって再現される。
思わず涙腺がゆるんでしまう。
祝砲のごとき祇園太鼓の轟音が、小倉の町を浄めるように鳴りわたってゆく。

検閲でカットされる憂き目にあったオリジナル版が見事に息を吹きかえす。
稲垣浩監督のリベンジがここに叶った。

いっぽう、叶わぬのが松五郎の恋。
はじめからあきらめていたのか、良子への想いを打ち明けることなく、松五郎は一生を終える。

彼が死に場所に選んだのは、小学校。
どんなにか通いたかったことだろう。

あなたには、他の人にないものが沢山備わっていたじゃないですか。
何故手の届かないものにばかり憧れたのですか。
今さらそんなことを言っても何の慰めにもならないが。

『無法松の一生』は、みじめで、立派な一生だったと思う。

“土建屋の親分"役で出演している笠智衆の著書、
俳優になろうか―「私の履歴書」 (朝日文庫)
の中で、本作の思い出が語られている。
誠に勝手ながら以下に引用させていただいた。

その三船さんが主演した三十三年の「無法松の一生」では、戦争中の阪東妻三郎版のとき、月形竜之介さんのやった親分の役をやった。最初、この役でという話が稲垣さんからあったときには、「学校の先生かなんかならやらせてもらうけれど、土建屋の親分なんて、とてもできませんよ」と断ったのである。しかし稲垣さんは、何度も来てくれて出るように勧めてくれた。その熱心さに負けて、責任は稲垣さんに任せて、ぶち壊しになるのを覚悟で出たのである。
稲垣さんは、「ガタやん(月形さん)は、しょっちゅう和服だったから洋服を着せたが、今度は結城の着物で行きましょう」と言う。そんなものは、ふだん着慣れていないものだから、だいぶまごついて、ちょっとした失敗もあった。
始めのほうに、芝居小屋のなかで、松五郎が臭い干物かなんかを焼いていやがらせをするシーンがあって、花道のところに親分の私が出ていくことになる。ところが、私の締めている角帯の下のところに、着物のほつれた縫い目が出ていたのだ。それが、パッと目についたらしく、直ちにカメラがストップした。すぐに縫い直しになったが、大ぜいの人たちを劇場内に待たせたままなので、こんなときは実にバツが悪い。しかし、このカラー・シネスコ版の「無法松の一生」はベネチア映画祭でグランプリを獲得したし、私の親分の役も、まあまあの好評でホッとした。稲垣作品にも、いろいろ思い出は尽きない。

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Rickshaw Man (1958) ※ allcinemaより一部転載

監督: 稲垣浩
製作: 田中友幸
原作: 岩下俊作
脚色: 伊丹万作、稲垣浩
撮影: 山田一夫
美術: 植田寛
編集: 黒岩義民
音楽: 團伊玖磨

出演
三船敏郎 : 富島松五郎
高峰秀子 : 吉岡良子
芥川比呂志 : 吉岡小太郎
飯田蝶子 : 宇和島屋おとら
笠智衆 : 結城重蔵
田中春男 : 車夫熊吉
多々良純 : 木戸番清吉
中村伸郎 : 良子の兄
中北千枝子 : その妻
宮口精二 : 撃剣の師範
有島一郎 : オイチニの薬屋
左卜全 : 居酒屋の亭主
高堂国典 : 町の古老
土屋嘉男 : 高校の先生
笠原健司 : 吉岡敏雄
大村千吉 : ぼんさん
沢村いき雄 : 車上の客
小杉義男 : 松五郎の父
上田吉二郎 : 茶店の客
山田巳之助 : 奥大将
稲葉義男 : 巡査
谷晃 : 虚無僧
今泉廉 : 町の青年
馬野都留子 : 茶店の女房
本間文子 : 茶店の老婆
松本薫 : 敏雄の少年時代
平奈淳司 : 松五郎の少年時代
久世竜 : 結城の乾分