現在、週刊ヤングマガジンで「砂の栄冠」、週刊モーニングで「インベスターZ」の2本共に大ヒット連載中の三田紀房氏のビジネスマン向けの著作。

冒頭に、世間に大センセーションを巻き起こしたマンガ「ドラゴン桜」の第1話が丸ごと載っている。
初めてこのマンガを読む方は、読み始めてしまったら最後、続きを知りたくてたまらなくなってしまうことだろう。
阿部寛、長澤まさみが出演していたドラマもとても面白かった。

本書では、なぜ三田作品が読者を惹きつけてやまないのか、その秘密が存分に明かされている。
是非ともその極意をものにしたいところだ。

それにしても週刊連載を2本とは、何ともすごい仕事量だ。
出すマンガはすべてヒット、その上締め切りは絶対に守るというのだから、こんなに頼りになるマンガ家さんもいないだろう。
プレゼンの極意とあわせて、その素晴らしい人間性と強靱な精神力からも大いに学びたいものだ。

(以下、引用)

企画立案とは「新規出店」である

だから僕は、自分が連載する雑誌を丹念に読み込み、「空席」を探すようにしている。自分の「なにが描きたいか」より、市場の「どこが空いているか」を優先して考えるわけだ。
ここで見るのは「高校野球マンガ」とか「料理マンガ」とか、そんな表面的なレベルの話ではない。連載されているのは、高校野球マンガのパッケージをまとった恋愛マンガなのかもしれないし、友情や家族愛をテーマにしたマンガなのかもしれない。読者(顧客)がそこにどんな魅力を感じているのか、高校野球の先になにを見ているのかを、しっかり分析するのだ。

正論の「息苦しさ」に注目する

ところが、正論には大きな欠陥がある。それは「他の価値観に対して排他的になってしまう」という点だ。いっさいの反論を認めようとせず、そこになにかしらの意見を差し挟むことさえ憚られるような空気が醸成されていく。戦前のナショナリズムにしろ、原発問題にしろ、ひとつの常識や正論が世のなかを支配するとき、その背後にはかならず「言いたいけど言えない意見」が隠されているのだ。

逆に考えると、世間の常識に反旗を翻す暴論には「よくぞ言ってくれた!」というカタルシスがあるのだ。
事実、『ドラゴン桜』のゆとり教育批判は、大きな反響を巻き起こしながら迎え入れられていった。東大の受験者数も増え、あらためて東大ブランドの価値が見直されるようになった。
もしもこれが、「生徒一人ひとりの個性や自主性を尊重する教師による、感動学園ドラマ」だったとしたら、なんら話題になることのないまま終了していただろう。
満員電車に乗り込んだって、空席を探すことなどできない。
空席とは、いつも世間の逆にあるのだ。

ゴールが小さいとカタルシスも小さい

もし、『ドラゴン桜』が不良を更生させるだけの学園マンガだったら、ほとんどヒットしなかっただろう。また、「偏差値を10上げる」などとぼんやりした目標を掲げ、架空の大学をめざす受験マンガでも、成功しなかったはずだ。
甲子園が架空の野球大会ではいけないように、東大も架空のナントカ大学であってはならない。誰もが認める日本一の大学だからこそ、読者は注目してくれるようになる。このあたりは、連載がはじまる前の、まさに企画段階での勝利である。

さて、あなたは企画書をつくるとき、他者がワクワクするようなゴールを設定できているだろうか?
甲子園に匹敵するほどのわかりやすさ、そして大きさを意識しているだろうか?


最後のひとコマから考える

新連載の第1話を考えるとき、僕は引きのコマ、つまりいちばん最後のコマから考えるようにしている。
最後のコマに登場するのは誰なのか?
そのキャラクターになにを語らせるか?
この点をしっかり固め、そのコマのイメージを明確にしてから、逆算式で1話全体の構成を検討していくのだ。
たとえば冒頭に掲載した『ドラゴン桜』の第1話。
このときは主人公の桜木が、落ちこぼれの生徒・水野直美に対して「お前は来年東大へ行くんだ!」と語りかける引きのシーンが先にあった。
僕がやるべき作業は、どうやって「お前は来年東大へ行くんだ!」のコマへとつなげていくか、そのもっとも効果的な構成を考えることだったのである。

物語は「試合」からはじめろ

気をつけよう。
物語をつくる人間は、どうしても過去を遡って描きたくなる。プロローグとしての「バスの来た道」をやたら丁寧に描きたくなる。
だが、1週目や2週目から冒険(野球マンガにおける試合)がはじまらないと、読者は飛びついてくれないのだ。
バスの来た道を描かないのは、プレゼンとして不誠実だし不完全だ。
けれども、その道はシンプルで短いものであらねばならない。もったいぶったプロローグなんて、読者は求めていないのだ。このあたりのさじ加減は、実際にマンガの第1話を読みながら参考にしていくといいだろう。
たとえばマンガ喫茶に行って、人気作の第1巻だけを10冊分読む。そこで、彼らが「バスの来た道」をどう描いているか分析していくのだ。おもしろいマンガほど、1話目から「試合」に突入しているはずである。

見せ場は3倍オーバーに描け

一般に「決めゼリフ」とは、言葉そのものが強いパワーを持ったセリフである。だから作者は、主人公にさらっと語らせる程度で読者に伝わると思っている。また、それくらいのさりげない演出のほうが効果的だと思っている。ところが、さらっと語られたところでほかのセリフに埋もれ、大半の読者は素通りしてしまう。作者からすれば思い入れの強い、誰もが振り向くはずのセリフかもしれないが、読者にとってはそうじゃない。
コマを大きくするなり、吹き出しを大きくするなり、「3倍オーバーに」の意識で描いてこそ、決めゼリフとして成立するのだ。

レンガ造りのプレゼンは失敗する

そこで僕は、毎回いくつかの「大ゴマ」を先に考えるようにしている。
大ゴマとは、物語上ぜったいに欠かすことのできないコマのことだ。
ここではシンプルに、起承転結に該当する4コマだと仮定しよう。
そしてたとえば全18ページの作品だとした場合、最初にやるのは、4つの大ゴマをちょうどいいバランスで配置していくことだ。
つまり、「起」のコマは2ページ目に持ってきて、「承」のコマは8ページ目に置いてみる。
「転」は12ページ目で、最後の「結」が18ページ目、といった具合である。
あとは、それぞれの大ゴマの間をどんな小ゴマで埋めていけばいいのか、パズル感覚で考えていけばいい。
プレゼン資料を構成していく場合も、まずは「大ゴマ」を考えよう。
資料がトータル10枚だとしたとき、そのうち3枚でも4枚でもいい。
最初にぜったい必要な大ゴマ、論の骨格となるような大ゴマから考えるのだ。あとは大ゴマの間を小ゴマで埋めていけばいい。
構成とはつまり、「大ゴマの配置を考える作業」のことなのである。

「誰に届けるのか?」を考える

さて、ここで質問だ。
あなたは自分のプレゼン資料について、パッケージングの努力をしているだろうか?
つまり、その資料を受け取ったクライアントに「捨てたくない」「ずっと手元に置いておきたい」と思わせるような工夫をしているだろうか?
ホチキスで無造作にとめただけの資料。文字のフォントがバラバラで読む気の失せるような資料。ぺラペラのクリアファイルに突っ込んだだけの資料。カラー印刷したものの配色がでたらめで目が疲れる資料。
これらは、とても所有欲をかき立てるものではない。
せっかくつくるのなら、パッケージングにも最大限の工夫を凝らそう。捨ててしまうのが惜しくなるような、ひとつの「作品」に仕上げよう。

ライバルを魅力的に描け

ライバルに熱狂的なファンがついたとき、そのマンガは大化けする。(中略)
主人公は勝つ。そしてライバルは敗れ、物語から消えていく。
ライバルとは仇役であると同時に、負け役なのだ。マンガ家の手腕が問われるのは、主人公の「勝ち方」ではない。むしろ、ライバルたちの「負け方」をどう描くかが大切なのである。
魅力的なライバルを登場させ、そのライバルにふさわしい花道を用意しつつ、美しくて華々しい負けを演出すること。ここをうまく描くことができれば、作品の成功は確実なものとなる。なぜなら、ライバルが輝けば輝くほど、主人公の輝きも増すからだ。

永遠の挑戦者であり続けろ

実際の話、僕は『ドラゴン桜』と『エンゼルバンク』がテレビドラマ化されたこともあり、中小から業界最大手まで、広告代理店によるプレゼン資料を山のように見てきた。プレゼンを受けてきた。
そこには大きく2つの傾向があったように思う。
まずひとつは、中小の負け意識だ。
どうせ電通や博報堂には勝てないと思いながらも、上司から命令されて仕方なく資料をつくってきた、というパターンである。彼らの「どうせ負けるに決まっている」とか「どうせ俺たちは負け組だ」といった負け意識は、プレゼン資料からもプレゼンする当人からも十分伝わってくるものだ。
一方、電通や博報堂のプレゼンが完璧なのかというとそうとは言いきれない。
彼らは逆に、「なんだかんだで最後はウチに決まるさ」という勝者の意識が強すぎて、企画書レベルでの詰めが甘かったりする。たしかにそれで取れる仕事もあるのだろうが、マンガ家の視点で見たとき、「さすが電通マン!」と膝を打つようなプレゼン資料は、ほとんど記憶にない。

それでは結局、勝っても逃げられ、負けても逃げられるのなら、どんな姿勢でプレゼンに臨めばいいのだろうか?
答えはひとつ。永遠の挑戦者であることだ。

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