漫画界に君臨する大ボス、小池一夫生誕79周年という記念すべき日が明日に迫った。
今回は、5年前に出版されて今なおベストセラー上位に顔を出している本書を紹介申し上げる。

1970年代から後進の育成にも力を注ぎ、今までに輩出したプロ作家は300人とも400人とも言われている。
まさに超弩級の名伯楽である。

79歳を目前に控えた現在も、世界中を飛び回る精力的な日々を送っていらっしゃる小池御大。
日本の漫画業界のみならず、コンテンツ・ビジネス、エンターテインメント産業までを見据えた提言は、日々、多くのフォロワーを励ましてくれている。

小池一夫(@koikekazuo)さん | Twitter

誠にありがたきお言葉の数々。。。
だがいつまでも御大に鞭打っていただいて喜んでいる場合ではない。
自分ごとき駄馬が…などといつまでも甘えていずに、自らの意思で走り出さねば。
御大のお言葉をしっかりと胸に抱いて。。。

この主な出身者としては、『うる星やつら』『めぞん一刻』『犬夜叉』の高橋留美子氏、『北斗の拳』『花の慶次』の原哲夫氏、『グラップラー刃牙』シリーズの板垣恵介氏、『シグルイ』の山口貴由氏、『迷走王ボーダー』の狩撫麻礼氏、『軍鶏』のたなか亜希夫氏、『サード・ガール』の西村しのぶ氏らがいます。漫画業界だけではなく、ゲーム業界で活躍する後進には、『ドラゴンクエスト』の堀井雄二氏、『桃太郎電鉄』のさくまあきら氏などもいます。

繰り返しになりますが、「漫画 = キャラクター」です。そして、ドラマよりも先にキャラクターを創ること。これは大前提です。キャラクターができると、ドラマはあとからついてくるのです。もちろん、これは他のメディアでも同じです。
作品を創りたいと思ったとき、まず決めなければならないのはどういうことでしょうか。
漫画に限らず、多くの人に楽しんでもらえるエンターテインメント作品を創ろうと思ったときに、決して間違えてはいけないのは、最初に「どういうストーリーを描きたいか」を考えるのではなく、「どんなキャラクターを描きたいか」を考えるということです。

これはだいぶ前の話なのですが、テレビでパリコレのファッションショーを見ていたら、スラッと背の高い綺麗なモデルさんが、ステージ上で転んだんですよ。ヒールの高い靴を履いていたんですね。
そのモデルさんは転んだ後、一瞬、恥ずかしそうな顔をして起ち上がって、何事もなかったかのように歩き続けたんです。
心の中では、
「あー、やっちゃった」
と思ったことでしょう。
そこまでだったら、ただの失敗です。見ている観客も「気の毒だなあ」と思うくらいで、気にもとめないかもしれないね。
だけど、そのモデルさんは、ステージから帰っていく時、もう一回、ステンって転んだんです。
お客さんがどっと沸きました。
モデルさんは、いたずらっぽくペロッと舌を出して、もう一度起ち上がった。
その途端、会場の空気が変わったんです。
拍手喝采ですよ。会場の人はみんな、このモデルさんのことを好きになった。強烈に印象づけられて、このモデルさんのキャラクターが起ったわけです。他に何十人とモデルさんがいましたが、「キャラが起った」人はこの人だけです。
その後、このモデルさんには取材が殺到して、一躍有名人になりました。

たとえば、スポーツには掛け声とか呼び声はいろいろあります。ゴルフには「ファー」というかけ声があります。キャディさんが叫ぶ「ファー」は、
「ボールがそっちに行ったぞ、危険だぞ」
という意味です。その言葉を取りあげて、ドラマを一つ、創ってみましょう。
友達同士でゴルフをしていて、一人が大叩きをします。バンカーからどうしても出せないでキレてしまい、クラブを放り投げて帰ろうとします。その時に周りが、
「ちゃんとやれよ」
とか、
「リタイヤしたら失礼だぞ」
とか、
「スポーツマンらしくないぞ」
と言ってしまうのは当たり前。喧嘩になるかもしれません。
でも、帰ろうとする男の背中に「ファー」と叫ぶ友達がいたらどうでしょうか?
男は立ち止まって振り返り、友達が自分に対して叱咤激励してくれていることに気づき、照れて戻ってくる。
こういうキャラクターを起ち上げるシチュエーションは、いろんな体験の中から生まれているのです。

一日一時間、必ず机の前に座る

では、実際に魅力あるキャラクターを創りだすには、どのようなことを心がけたらよいのでしょうか。
まず、毎日一時間机の前に座る習慣をつけることです。
机の前に座るといっても、本を読むとか、ゲームをするというのは、ナシです。一時間、机に向かって作品やキャラクターを思い描き、創るのです。これができないと、クリエイターにはなれません。
一時間、トイレにも行かず、コーヒーも飲まず、何も食べないでじっと座る。劇画村塾の卒業生の中でも、時間を無駄にせず、これを実行した人たちがデビューしていきました。
高橋留美子氏(『うる星やつら』など)も、
「一日に一時間必ず座れと言われたとおり、一生懸命やった」
と言っていました。ものを書いたり、創ったり、考えたりする人は、必ず机に向かって座り、集中します。クリエイターにとって、書くことは絶対必要条件です。小説家然り、漫画原作者然り。映画監督も絵コンテを描きます。立って書く人はいませんから、必然的に机に向かわなければいけません。
簡単なようで、毎日となると、なかなかできないことのようです。
でも、机の前に座れない人は何も書けない。
集中力が続かない学生は、単位のために課題や論文を要求されても何も書けない。提出日を明日に回しても書けない。また翌日に回す。それでも書けない。そうやって毎日だらだら過ごしてしまうんです。

毎日三つ顔を描こう

さて次は、本気で漫画家になりたい人のための課題です。僕は、授業の最初にたいていこの話をします。
「本気で漫画家になりたければ、ノートに一日三つキャラクターの顔を描きなさい」
簡単な顔でいいから、ノートに一日三つの顔を描く。
五分もあれば描けますから、どうってことない───最初はそう思うんですよ。よーし、今日から顔三つ、やったるぞ、と思う。
ところが、実際には、続けるのが難しいのです。
今日、家に帰ったら、机の上に紙を置いて「顔」を描いて下さい。丸でも四角でもいいから、耳や鼻をつけてキャラクターの顔を三つ描いてみて下さい。顔だけでいいのです。
次の日に、描いたキャラクターに話しかけてみましょう。食べ物は何が好きなのか、とかね。「アンパン買ってきたから食べるか?」とかいって。
そして、また三つ顔を描きましょう。
三日目も話をして、また三つ顔を描きます。
同じキャラを描き続けてもいいですし、違うキャラでもかまいません。重要なのは、毎日続けて描くことを習慣づけること。これが本当に難しい。
これを一年間続けることができた人は、だいたい漫画家になることができたのではないでしょうか。
(中略)
「俺はもう三十歳を過ぎているからなあ」という人でも大丈夫。何かをはじめるのに遅すぎるということはない。三十を超えて漫画家になった人も多いからね。『バキ』の板垣恵介氏も劇画村塾に入ったのは三十歳の時で、それまでは自衛隊にいたのですが、非常に熱心で、
「塾頭は一日三つ描けって言ってたから、その上を行って一日十個描こう」
と考えて、毎日十個のキャラを描いたと聞きました。ジーンズのポケットに入る小さなスケッチブックを持って、電車の中でもどこでも描いていたのだそうです。
さすがに、プロになる人はそういうところが違うわけですね。

では、ラストのアイデアが浮かばないときは、どうすればいいのか。
そもそもそれは、描き手がその漫画のキャラクターを掴みきっていないということです。じっと考えて自分が何を描き、何をいおうとしているのかというメッセージ、言葉をラストシーンで伝えなければいけません。
ラストシーンで一言二言キャラクターが喋ることで、次の展開への「布石」のような何かを残しておきます。ラストシーンを読ませるために、この作品の全てがあるのです。
何を漫画で伝えるのか?
それは自分の気持ちです。
この大原則を知らないで漫画を描いている人がたくさんいます。石ノ森章太郎さんは、
「ラストシーンを描くために漫画を描いている」
といっていました。
僕は劇画村塾で、
「漫画のラストシーンでは、登場人物が印象的にニコッと笑うこと」
と教えました。ラストシーンに可愛いキャラクターが描ければ本物です。ラストシーンが爽やかな余韻があり、スッキリしていれば、その作品はヒットします。

読者層を想像し、どの世界に向けて発信するか。日記を書いているのではないのです。描いた漫画を誰に読ませたいのか。誰が読んでくれるのか。
「自分の目で描くのではなく、読者の目で描く」
ということを意識してほしいと思います。
あなたは読み手から創り手へ、読んで楽しむ、見て楽しむ受け手から、創る側 = 与える側になるということです。
一旦、クリエイターへの道を歩みはじめると、今までは与えられたものに対して「面白い」「面白くない」と言っていればよかったのに、立場が一変します。認識を新たにしないといけないのです。
どうすれば読んでもらえるのか、喜んでもらえるのかを考える。
これからは漫画を読んでいても、
「キャラクターだよ」
「キャラクターを創れよ」
という僕の声が聞こえてきて、もっともっと面白くなくなるかもしれません。
まずは「集中力」です。何かを制作するときには、まず集中することがすべてのはじまりなのです。締め切りは待ってはくれません。ここに「救い」も「甘え」もありません。とにかく、机の前で集中しないことには、何も生まれてこないのです。
さらには、決意というか、覚悟のようなものが必要でしょう。
クリエイターになりたいと志した以上は、その意志を貫き通すことです。馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできません。水飲み場までは僕が案内しますが、水を飲むか飲まないか、そこから先はみなさんの決断なのです。

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