世間の評価は非常に高いようだが…うーん、と首をかしげてしまった。
故・淀川長治翁が絶賛していらしたので、皆さま“右に倣え"されたのではないかしらと思ったりして。
淀川名画撰集 - ウィンダミア夫人の扇
原作はオスカー・ワイルド。
かの有名な「幸福な王子」の作者でもある。
映画で説明不足と思われる点をできる限り補足しながら、あらすじを見ていきたい。
あらすじ(ネタバレあります!)
ウィンダミア夫人(メイ・マカボイ)は幸せな結婚生活を送っている。
人妻だからどうしたと言わんばかりに、彼女に言い寄り続けているのはダーリントン卿(ロナルド・コールマン)。
ウィンダミア卿(バート・ライテル)とダーリントン卿は親友のようだ。
親友の奥さんを狙っているのだから、かなりの色事師と思われる。
ある日、ウィンダミア卿の元に手紙が届く。
差出人のアーリン夫人という人には心当たりがないが、とにかく会ってみる。
彼女はウィンダミア夫人を産んだ後すぐに、家庭を捨てて男と駆け落ちをした実母だった。
残されたアーリンのダンナは失意のうちに一生を終えた。
娘(=ウィンダミア夫人)には、
「ママはお前を産んですぐに亡くなったんだよ」と教えて…。
…このあたりは映画で触れられていない。
だから、なぜアーリン夫人が周りから蔑まれているのか、観ていてよく分からなかったのだが、原作を読んでようやく腑に落ちた。
今さら母を名乗り出られても困る、と思ったウィンダミア卿は、アーリン夫人に大金を払い続けることになる。
今の感覚では理解できないが、当時の社交界ではアーリン夫人のような女性が母親であるというのは、生きていられないほどの屈辱であるようだ。
ただ、原作と映画のどちらからも、アーリン夫人が脅迫しているというニュアンスは感じられない。
「妻の実母を養うのも夫の役目」
という思いも、ウィンダミア卿にあったのではないか。
かくしてきらびやかな衣装を身にまとったアーリン夫人は、ロンドン社交界に“再"デビューを果たす。
競馬場で、男たちの注目を一身に集めるアーリン夫人。
いっぽう女たちは冷ややか。
なんとか欠点を見つけたくてしょうがない。
双眼鏡をとっかえひっかえしてあら探しに余念がない。
夫人A 「She is getting grey.」(白髪発見)
夫人B 「She is quite grey.」(かなりの白髪ね)
夫人C 「She is perfectly grey!」(白髪だらけよ!)
このように、映画でのアーリン夫人は「なんとなく胡散臭げな女」という描かれ方をしているが、原作でははっきりと「身分違いの卑しい女」扱いをされている。
しかもそんな女にウィンダミア卿がご執心であることが、ロンドンの社交界中に知れ渡っているという設定。
つまり、ウィンダミア夫人は「夫に堂々と不倫をされている愚かな妻」として、笑いものになっているわけだ。
…という原作設定に対して、映画のほうは慎ましやかにまとめている。
夫からアーリン夫人への大量の小切手を(ダーリントン卿の策略により)発見したウィンダミア夫人だけが、夫が不倫していると思い込む。
そんなとき、ウィンダミア夫人の誕生パーティーが盛大に開催される。
このパーティーに招待されるか否かが、アーリン夫人にとって真に社交界入りできたかどうかの試金石となっているようだ。
アーリン夫人はウィンダミア卿に招待状を寄こすよう要求する。
だが妻に浮気を疑われている卿は、断わりの手紙を出すよりない。
その手紙をてっきり招待状と思い込んでしまったアーリン夫人、のこのこ邸にやってくるも門前払いを食わされる…と、その時あらわれたのがオーガスタス卿(エドワード・マーティンデル)。
彼はアーリン夫人にぞっこんで、しきりにプロポーズ中という御仁である。
卿がエスコートするのなら…ということで門番突破に成功。
パーティー会場でアーリン夫人の姿を目にしたウィンダミア夫人は激怒。
高ぶる気持ちのままに、前から誘われていたダーリントン卿との恋の逃避行を決めこんでしまう。
20年前に母が犯した過ちを、奇しくも踏襲しようとしている娘…。
そうはさせるものかと、ここからアーリン夫人の“母性"が発揮される。
妻の寝室へ入ろうとするウィンダミア卿を必死に阻止するアーリン夫人。
妻はダーリントン邸に行っちゃったので、ベッドはもぬけの殻。
それを知られちゃならないのである…と熱を入れて書いてはいるが、映画でそれほど気の利いた演出が為されるわけではない。
こんな場面こそ“ルビッチ・タッチ"に格好の舞台と思うのだけれど…。
さて、次にアーリン夫人はダーリントン邸へと向かう。
案の定、ウィンダミア夫人はいた。
「母」の必死の説得も、ウィンダミア夫人にとっては「にっくき不倫相手」のたわごとでしかない。
だが徐々にアーリン夫人の真心は伝わっていっているようだ。
そこへ男性陣がどやどやと入り込んできた。これから二次会というところか。
とっさに隠れる二人の女性。
物陰から様子をうかがっている二人はハッとする。
ソファの上に扇を忘れてきてしまったのだ。
その扇が、ウィンダミア卿から妻への誕生日プレゼントであることは全員が知っている。
扇は見つけられ、「ダーリントンも隅におけねえなぁ」と盛り上がっているうちに、事の重大さに気づく男たち。
これはどういうことだ、とダーリントン卿に詰め寄るウィンダミア卿。
シラを切り続けるダーリントン卿。でも内心ではほくそ笑んでいるはず。
「ウィンダミア夫人、やっぱり来やがったな」と。
あわや大乱闘かと思ったそのとき、アーリン夫人が姿を現わす。
「その扇、私が黙って借りてきちゃったの。ごめんなさい」
男連中は、なんとなく納得。
「アーリン夫人とダーリントン卿…あるっちゃあるか」てなもんだろう。
当のダーリントン卿の頭の中では「???」マークが踊り狂っているはずだ。
男たちの中にはオーガスタス卿の姿もあった。
アーリン夫人を見る目が冷たい。
もはやプロポーズはあり得ない。
アーリン夫人は玉の輿を断念して、娘を救ったのだった。
翌日。
アーリン夫人からウィンダミア夫人へ最後の言葉。
「昨日のことは決して誰にも言っちゃだめよ」
娘が負うはずだった世間の厳しい目を一手に引き受けて、アーリン夫人はロンドン社交界から去っていく。
玄関のところでオーガスタス卿とすれ違う、その時のアーリン夫人の捨てゼリフ───。
「昨夜あなたは私に恥をかかせましたね。結婚はできません」
意味が分からないという表情のオーガスタス卿。
ともかくアーリン夫人を追いかけていき、一緒のタクシーに乗り込む。
去っていくタクシーのカット、でジ・エンド。
…ここがまた原作を読んでいないと何のこっちゃと言いたいところ。
おそらく次のような解釈で正しいと思う。
以下、アーリン夫人の言い分。
私がダーリントン邸へ行ったのは、オーガスタス卿、あなたに会うためじゃありませんか。
私はあなたを追いかけてダーリントン邸に行ったのですよ。
それをなんですか、ダーリントン卿と何かあるのでは、と私を疑うなんて。
(…で、次のセリフにつながる)
「昨夜あなたは私に恥をかかせましたね。結婚はできません」
だからそのあとおそらく二人はめでたく結婚した、という解釈でよいかと…てか、そういうことにしときましょう。(笑)
ところで、「扇 (FAN)」という単語には、もうひとつ意味があるそうだ。
それについて面白い考察をされているブログを発見した。
以下の知識を仕入れた上で映画を観ると、さらに味わいが深まるのではなかろうか。
『ウィンダミア卿夫人の扇』 (Lady Windermere's Fan) - life_in_technicolor's book blog
最後に、、、
「ルビッチ・タッチ」という評伝本の中に、本作にまつわるちょっとしたエピソードを見つけた。
誠に勝手ながらここに紹介させていただく。
さらに、(チャールズ・)ハイアム(映画史家)はアスコット競馬場にかかわる逸話を回想している。ルビッチはジャック・ワーナー(ワーナー・ブラザース社長)に、カナダに出かけて競馬場のシーンの撮影をしてくると告げた。ワーナーは声を荒げた。「この馬鹿もん! 競馬ならアメリカで撮れるだろうが!」ルビッチは返答した。「理由はだね、この馬鹿もん!、カナダはイギリスと同じで、この国とは逆回りに馬が走るんだ」。ルビッチは撮影クルーを引き連れてカナダに出向き、むこうでこのシーンを撮影してきた。
関連リンク : エルンスト・ルビッチ監督作品(いちおう年代順です)
★★☆☆☆ 『牡蠣の王女』(1919・ドイツ)
★★★★★ 『花嫁人形』(1919・ドイツ)
★★★☆☆ 『デセプション』(1920・ドイツ)
★★★★☆ 『結婚哲学』(1924・アメリカ)
★★☆☆☆ 『ウィンダミア夫人の扇』(1925・アメリカ)
★★☆☆☆ 『山の王者』(1929・アメリカ)
★★★☆☆ 『ラブ・パレード』(1929・アメリカ)
★★★☆☆ 上質な時間、『モンテカルロ』(1930・アメリカ)
★★★☆☆ 『陽気な中尉さん』(1931・アメリカ)
★★★★☆ 『私の殺した男』(1932・アメリカ)
★★★☆☆ 『君とひととき』(1932・アメリカ)
★★☆☆☆ 『極楽特急』(1932・アメリカ)
★★★☆☆ 『生活の設計』(1933・アメリカ)
★★★☆☆ 『メリー・ウィドウ』(1934・アメリカ)
★★★★☆ 『天使』(1937・アメリカ)
★☆☆☆☆ 『青髭八人目の妻』(1938・アメリカ)
★★★★★ 『ニノチカ』(1939・アメリカ)
★★★★☆ 『街角 桃色の店』(1940・アメリカ)
★★☆☆☆ 『淑女超特急』(1941・アメリカ)
★★★★★ 『生きるべきか死ぬべきか』(1942・アメリカ)
★★★★☆ 『天国は待ってくれる』(1943・アメリカ)
★☆☆☆☆ 『ロイヤル・スキャンダル』『クルニー・ブラウン』『あのアーミン毛皮の貴婦人』
<書籍>
「ルビッチ・タッチ」ハーマン・G・ワインバーグ(著),宮本高晴(訳)
Lady Windermere's Fan (映画.comより一部転載)
監督 - エルンスト・ルビッチ
脚本 - ジュリエン・ジョセフソン
原作 - オスカー・ワイルド
撮影 - チャールズ・バン・エンガー
cast
ロナルド・コールマン - Lord_Darlington
アイリーン・リッチ - Mrs._Erlynne
メイ・マカボイ - Lady_Windermere
バート・ライテル - Lord_Windermere
エドワード・マーティンデル - Lord_Augustus
ヘレン・ダンバー - Duchess
Carrie Daumery - Duchess
Billie Bennett - Duchess
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