うう、マルレーネ・ディートリッヒが苦手だ。
あの人を小馬鹿にしたような顔がどうも好きになれない。

それに『天使』って…。
一番イメージから遠い人なのじゃないかしら。

やっぱり天使っていったら
「魔法の天使クリィミーマミ」とか
「翼の折れたエンジェル」ですよねえ、って古いなあ。

それで、肝腎の映画なんだが…これが傑作!
いやあ、観てよかった。
ルビッチ・タッチが横溢している。

なぜか本作をロマンチック・コメディと紹介しているサイトが多いのだけれど、コメディ要素はそれほどないように思う。

没落貴族がこっそり運営している高級娼館(?)に現われた人妻マリア(マルレーネ・ディートリッヒ)。

外交官で留守がちの夫とはうまくいっているが、アバンチュールを楽しみたくなったのか、わざわざ飛行機でパリまでやってきた。

そこでマリアはホルトン(メルビン・ダグラス)と知り合う。
マリアが素性を隠しているため、ホルトンは彼女を「天使」と呼ぶ。

二人が食事をしたレストランには生バンドが入っていて、バイオリニストが即興で曲を作り、二人にプレゼントする。

この曲の使い方が実にうまい。

帰宅したマリアが家でこの曲を弾いていると、夫のバーカー(ハーバート・マーシャル)が、
「いい曲だね。誰の曲?」
「…私が作ったの。でもこの先が出来なくて」

するとバーカーは、じゃあ僕が、と作曲し始める。
…というわけでマリアの不倫の思い出の曲を、夫が覚えてしまった。

そしてなんとマリアの情事の相手ホルトンと、夫のバーカーは古い知り合いだったことが判明する。

旧友を自宅に招待するバーカー。
素知らぬ顔で「初めまして」などと挨拶するマリアとホルトン。

食事が終わり、ピアノの腕を披露するホルトン。
マリアは気が気じゃない。
ホルトンがもしあの曲を弾き出したら一巻の終わりだ。
「あの曲は弾くな」オーラを出しまくるマリアである。

ここは観ていてハラハラした。

今度は、何も知らない夫が、
「そうそう、うちの妻がいい曲を作ったんだ。どんな曲だったっけ。フンフンフン…」
と歌い出す。

夫があの曲を知っていることを知らないホルトンも、
「そういえばこの前パリでいい曲を聴いたんだ。どんな曲だったか。フンフンフン…」

もう、マリアにとっては針のむしろである。

このとき、夫に電話があり席を外す。
ホッとしたのも束の間、ホルトンが猛烈にアタック開始。
必死に攻撃をかわすマリア。

ホルトン、あの情熱の一夜を思い出せとばかりに、ピアノであのメロディを弾き始める。

またもや観客はハラハラドキドキである。
今この瞬間、夫がドアを開けて入ってきたら一巻の終わりだ。

この時はそうならずに済んだのだが、悪いことはできないもので、夫はマリアを疑い始める。

マリアがパリに行く日、夫のバーカーも密かに高級娼館を訪ねる。
マリア=天使、かどうかを確かめようというわけだ。
ここが最大のクライマックスなのだけれど───、

その少し前、ホルトンのところに一本の電話がかかってくる。

電話を取ったのは執事。
「少々お待ち下さい」
といって受話器を置き、ホルトンを呼びに行く。

彼はそのときピアノであの曲を弾いている。
アップで映し出される受話器。
当然、メロディがもれ聞こえているはずだ。

そして、何とも憎いことにこの電話をかけてきたのが誰なのか、明かされないのである。

おそらくマリアか、夫のバーカーか、どちらかだろう。
もしマリアからだとしたら、そのメロディは「情愛」を表現していることになるし、
バーカーからだとしたら「破滅」への前奏曲ということになる。

これぞ究極のルビッチ・タッチ。

サイレント時代から名を馳せてきたルビッチは、トーキー時代に入っても、「音」の扱いに戸惑うどころか、これ幸いとばかりにさらに演出の幅を広げた。

映画界のパラダイム・シフトを、ルビッチはいとも簡単に飛び越えたのだ。
天使のように軽やかに───。

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関連リンク : エルンスト・ルビッチ監督作品(いちおう年代順です)
★★☆☆☆ 『牡蠣の王女』(1919・ドイツ)

★★★★★ 『花嫁人形』(1919・ドイツ)

★★★☆☆ 『デセプション』(1920・ドイツ)

★★★★☆ 『結婚哲学』(1924・アメリカ)

★★☆☆☆ 『ウィンダミア夫人の扇』(1925・アメリカ)

★★☆☆☆ 『山の王者』(1929・アメリカ)

★★★☆☆ 『ラブ・パレード』(1929・アメリカ)

★★★☆☆ 上質な時間、『モンテカルロ』(1930・アメリカ)

★★★☆☆ 『陽気な中尉さん』(1931・アメリカ)

★★★★☆ 『私の殺した男』(1932・アメリカ)

★★★☆☆ 『君とひととき』(1932・アメリカ)

★★☆☆☆ 『極楽特急』(1932・アメリカ)

★★★☆☆ 『生活の設計』(1933・アメリカ)

★★★☆☆ 『メリー・ウィドウ』(1934・アメリカ)

★★★★☆ 『天使』(1937・アメリカ)

★☆☆☆☆ 『青髭八人目の妻』(1938・アメリカ)

★★★★★ 『ニノチカ』(1939・アメリカ)

★★★★☆ 『街角 桃色の店』(1940・アメリカ)

★★☆☆☆ 『淑女超特急』(1941・アメリカ)

★★★★★ 『生きるべきか死ぬべきか』(1942・アメリカ)

★★★★☆ 『天国は待ってくれる』(1943・アメリカ)

★☆☆☆☆ 『ロイヤル・スキャンダル』『クルニー・ブラウン』『あのアーミン毛皮の貴婦人』

<書籍>

「ルビッチ・タッチ」ハーマン・G・ワインバーグ(著),宮本高晴(訳)

Angel (MoveWlkerより一部転載)
監督 エルンスト・ルビッチ
脚本 サムソン・ラファエルソン 、 ガイ・ボルトン 、 Russel Medowcroft
原作 メルシオール・レンギール
製作 エルンスト・ルビッチ
撮影 チャールズ・ラング

出演:
マルレーネ・ディートリッヒ
ハーバート・マーシャル
メルビン・ダグラス
エドワード・エベレット・ホートン
ローラ・ホープ・クルーズ
ハーバート・マンディン
ローラ・ホープ・クルーズ