『もしドラ』はなぜ売れたのか、自分も考えてみたことがある。
答えは、
「表紙で女子高生が太ももをあらわにしているから」

だが、そんな甘いもんじゃなかったことが本書を読んで分かった。
(でもまあそれ狙いの本もチラホラ見かける今日この頃)





正直、『もしドラ』はラノベではないのか、
ビジネス本にカテゴライズしてよいのかという疑問は残る。

だが、そうやってケチをつけずにいられない気持ちの中に、莫大な成功を収めた著者に対するやっかみがないかと言われると…。

ここは潔く、秋元康に戦力外通告を受けたところからの奇跡の大逆転ホームランをかっ飛ばした岩崎夏海を素直に称えよう。

本書を読むと、『もしドラ』の中には、色々な過去作品のエッセンスが上手にブレンドされていることが分かる。
例えばそれは『ダビンチ・コード』であったり、『ファイナルファンタジー』であったり。

だがそのような大ヒットコンテンツを寄せ集めたからといってベストセラーが書けるものではない。

いったい『FF』のどこを凄いと思ったのか、『AKIRA』の何が他と一線を画すと思ったのか、大人気コンテンツに隠されたヒットの秘密を探り当てる、岩崎夏海独自の感性 があってこそだ。

そして、そのひらめきの瞬間を、当人が当時の感動を持って語るところが本書のいちばんの醍醐味だろう。

砂漠の中に埋もれている、目をこらさなければ見つけることの出来ない一粒の砂金。
それを長い時間をかけて丹念に拾い集めてきた執念が『もしドラ』の爆発的ヒットを呼びこんだに違いない。

(以下、引用)
『もしドラ』における時代の「読み」で一番重要だったのは、「これからは学問的な価値を持つエンターテインメントが求められるだろう」というものだ。
「学問的な価値を持つエンターテインメント」とは、娯楽作品でありながら、読んで役に立ったり、あるいは学問的な知識を得られたりする───というもののことである。そうした作品はもちろん以前からあって、ぼくがまずパッと思いつくのは、1990年に刊行された筒井康隆さんの『文学部唯野教授』という小説だ。

では、そういう微細な変化はどうやって見つければいいのか?
実は、それにはちょっとした「コツ」がある。
それは、「定点観測」をすることである。長い時間をかけ、ずっと同じ場所から見続けることだ。
そこで「移動」をしてはならない。移動してしまっては、微細な変化に気づけなくなる。亀のように一つところにじっと佇み、粘り強く観察することでしか、不可逆的な変化には気づけない。

ぼくはそれまで、エンターテインメントの世界というのは、面白いものを考えたり作ったりする能力を持った人間にこそ価値があると考えていた。しかしそうではなかった。それは、ぼくが38年間かかって証明したことだった。エンターテインメントの世界においては、面白いものを考えたり作ったりする能力があっても、何の価値にもならないのだ。それよりも、それを他人に面白いと思わせたり、感じさせたりするプレゼンテーション能力の方が、比べものにならないくらい価値が高かった。むしろ、それが全てだった。面白いものを考えたり作ったりできるという能力だけでは、何の価値も生み出せないのだ。
そのことをつくづくと実感させられたぼくは、プレゼンテーション能力がほぼゼロに等しく、面白いものを考えたり作ったりする能力しかないぼくという人間は、エンターテインメントの世界では全く価値がないということに気づかされた。これまでは、面白ければ何でも許されると思っていた。しかし、そんなことは甘っちょろい幻想に過ぎなかった。子供っぽい夢でしかなかった。現実は全く違った。作者が何を発信するかということよりも、客がどう受け取るかということにこそ価値があったのだ。

31歳のとき、ぼくは自分の小説が世の中から認められず、もう作家になることは無理だと絶望して、2度目の自殺を試みた。しかし、ここでも結局死ねなかったため、そこからどう生きていこうか、考えた。そのとき思いついたのが、「日曜作家になる」ということだった。
ぼくは、小説を書くことは、たとえお金を稼げなくても続けていきたかった。だから、平日は他の仕事をしながら、休日に文章を書こうとしたのだ。
というのも、ぼくはアンリ・ルソーという画家が好きなのだが、彼は日曜画家だった。ルソーは、その絵が売れることは生涯ほとんどなかったが、郵便局員として働きながら、日曜日に絵を描き続けた。
その彼の作品が、今では歴史的な名作として伝わっている。だから、ぼくもそんなルソーにならって、たとえお金は得られなくても、作品を作り続けたいと思ったのである。

さんざん探し回った末、ぼくはとうとう『もしドラ』の文体を見つけた。それは小説『ゴッドファーザー』の訳文の文体だった。
『ゴッドファーザー』は、例えばこんな文体で書かれていた。

アメリゴ・ボナッセラは、ニューヨークの第三刑事法廷で判決が下るのを待っていた。それは自分の娘を残酷に傷つけ、辱めようとした奴らに対する報復なのだった。

この訳文の特徴をいえば指示語が多いこと、文末が「た」か「だ」で終わるのが多いこと。あるいは、その独特の突き放した視点も特徴といえるかもしれなかった。淡々としていて客観的なのだ。
それでぼくも、この文体を取り入れて『もしドラ』を書き始めた。それはこんな書き出しで始まることになった。

川島みなみが野球部のマネージャーになったのは、高校二年生の七月半ば、夏休み直前のことだった。

この書き出しの一文が思い浮かんだ瞬間、ぼくはふいに、『もしドラ』の小説としての全体像が、ありありと立ちあがってきたように感じた。このまま最後まで走っていけそうな気がした。

ぼくは、表紙をどうするかということを考える中で、「ぼく自身はどういう表紙が好きなのだろう?」と考えた。それで、本屋さんに行き、ずっと表紙だけ眺めるということをしたのだが、そこで一番心惹かれたのが、このマンガ(大友克洋・作『アキラ』)の表紙だった。
そこで今度は、「どうして『AKIRA』の表紙に心惹かれるのか?」というのを考えた。すると、そこで気づいたのは「背景にポイントがある」ということだった。
(中略)
実際、本屋さんで見た数多くの表紙の女の子は、どれも甲乙つけがたくかわいかった。しかし、背景に関しては大きな差があった。魅力的ではない背景を描く人がいるのはもちろん、多くの表紙が背景を描いていなかった。ただキャラクターが描かれているだけのものが多かった。
それに比べると、背景を描いている表紙は、本当に魅力的だった。それでぼくは、「表紙の鍵は背景にあり」と、背景に重きを置いた表紙作りを提案した。

『もしドラ』はなぜ売れたのか?
その理由を、一言で言い表すのは難しい。だからこそ、こうしてさまざまなことを書き連ねてきたのだが、それでもあえて一言で言うとするならば、それはぼく自身が命を賭けてこの作品に取り組んだ、そのことの「執念」のようなものが行間から滲んでいたから───ということがあるのではないかと、今振り返ると思う。

目次

まえがき

『もしドラ』は挫折から生まれた

『もしドラ』はなぜ売れたのか?

時代の潮目を読む方法

メガヒットが生まれやすい時代

アーカイブからの引用

『ダ・ビンチ・コード』の分析

主人公の性別と年齢

アイデアを出す方法

発想力、想像力の養い方

面白いものを見分ける嗅覚

組織運営のゲーム

ドラッカーとの出会い

天才の刻印を持った文章

原型としての『がんばれ! ベアーズ』

最初のシノプシス

『もしドラ』と「ライブドア事件」

ベンチに座って考えた

人間関係とは何か?

独立を決める

モラトリアム期間の終焉

ブログをスタートさせる

はてなブックマークの虜になる

タイトルをつける

『まめなはうす』に載る

怪しげなコメントがつく

運命に微笑みかけられる

加藤さんと会う

忘れ得ない言葉

決意表明

文体を考える

「た」と「だ」をくり返す

『もしドラ』に必要な文体の条件

転職を決める

物語を見つけ出す

加藤さんの編集

唯一の奇蹟(前編)

唯一の奇蹟(後編)

涙の理由

表紙について

発売前夜

発売と増刷

ヒットの日々

テレビの影響

執念







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