初めて楠木早紀さんを見たのは、ニュース番組の中の10分ほどの特集だった。

おそらく練習専用の和室だろう、
畳には直接マジックで太く線が引かれてあり、その上に並べられた札を、楠木さんはたった一人で払っていた。

その迫力もさることながら、払い終わったあと、
片膝と片手でバランスを保ったまま、じっと余韻を確かめている様が印象的だった。

「これは絶対にクイーン戦の中継を見ねば!」
と思ったら、その年NHKは中継しなかったのだった。
なんでやねん!

本書は、まんが「ちはやふる」とはまた違った、現実の競技かるたの世界に触れることができる内容となっている。

そしてタイトルにもあるとおり「記憶力」をよくしたいと思っている人にも有用と思われる。

2014年、クイーン位決定戦で10連覇を達成した楠木早紀さん。
これを区切りに勇退されたのだとすれば残念ではあるけれど、他人がとやかく言っても詮ないことだ。
新たなステージを駆け上がっていかれる楠木さんを、陰ながら応援していきたい。

(以下、引用)

「お願い。だれも息をしないで」
漫画『ちはやふる』が、千早ちゃんのこの言葉から始まっているように、競技かるたには、これ以上ないほどの静寂が求められます。
会場にある自動販売機は、競技が始まると同時にストップし使えないようにしています。夏場でも窓を閉め切って試合をし、エアコンの音が気になると選手から声があがれば冷房も止めてしまいます。 (p70)

休憩や遊びを挟みながら勉強すると集中できない、という経験がみなさんにもあるでしょう。遊んでいるときには勉強のことが気になるし、机に向かっているときには外で遊んでいる子のことが気になる。結局、どちらにも集中できず、中途半端になってしまうことが多いのではありませんか?
それよりも、「やる」と決めたことを一気にやってしまうほうが集中できます。すっきりした気分で次のことを始められるので、そこでも高い集中力を出すことができます。これは今日からでもできることだと思うのでぜひ試してみてください。 (p75)

相手の取りを見て「速い」と思うのは、目の前の相手と対戦しているからです。「当たり前じゃないか」と思うかもしれませんが、私はいつも、目の前に座っているのは対戦者ではなく自分だと思って試合をしています。
「自分を相手にかるたを取っている」と想定しているので、どれだけリードしていても最後の一枚まで集中力を切らすことはありません。 (p91)

長く揉めれば揉めるほど、穏やかな気持ちではいられなくなってきますが、勝負事はカッとなったほうが不利になります。礼儀正しく、フェアプレーと譲り合いの精神で競技するのが「かるた道」。ある程度主張しても互いの見解がくいちがうのであれば、自分のためにもキリのいいところで引くほうがいいのです。
そうしないと心の動揺を引きずり、そのあと雪崩のように調子を崩してしまうこともあります。私は、「この一枚を捨てても、残りの札を取ればいい」と自分に言い聞かせて気持ちを整え、「わかりました」と引くようにしています。 (p119)

もう十年以上前になりますが、NHKの『にんげんドキュメント』という番組で、クイーン戦に勝ち続けていた渡辺(令恵)さんを特集したことがありました。その番組を観て、追われる身というのは本当に大変なのだと、改めて実感しました。
一回戦は渡辺さんが、二回戦は挑戦者が勝ち、いよいよ勝敗が決する三回戦を迎える前の休憩時間のことです。かるたの師匠でもあるお父様と一緒に近江神宮の境内を散歩していた渡辺さんが、
「みんな、私が負ければいいと思っている……」
と、涙ながらにおっしゃっているシーンがあったのです。
試合では常に凜として、かっこよく札を払う最強のクイーンが、華やかな舞台の陰では、いいようのない孤独感のなかで戦ってきたのだと、初めて知りました。 (p197)

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