たまたまYouTubeで桑田真澄氏の野球教室を観る機会があった。
そこでは、わたしが子供時代に教わったものとは正反対の指導が行なわれていた。

「上から叩きつけるように打て」
「相手のミットから決して目を離すな」
「バットのグリップは高い位置に」

これらはすべて間違いだと桑田氏は言う。

多くの人間がプロ野球選手を目指すが、目標に到達できぬまま、リタイヤしていく。
桑田氏の長い野球人生の中でも、間違った理論を持つ指導者はいたはずだ。
なぜ桑田氏はそのような陥穽(?)にはまらず、結果として輝かしい成績を残すことができたのか。
その違いはどこにあるのか。
そこが知りたくて本書を手に取った。

現役時代は、どちらかといえばヒールの扱いを受けていた桑田氏。
わたしもマスコミに洗脳されていたクチだ。

故・藤田元司(元読売巨人軍監督)が、桑田氏の人間性をベタ褒めしている記事を読んでも、内輪の人間の擁護だろうとしか思えなかった。

あえてヒールに甘んじたのは、言い訳を潔しとせず、行動で示そうとする桑田氏の性分からくるものであったようだ、ということを本書を読んで初めて知った。

そんな私のような阿呆が世の中にはまだまだいると思われるので、一人でも多くの人が桑田氏の素晴らしい人間性に触れることを願ってやまない。
そして氏の野球理論もしかり。

小さな才能たちが、よりよい指導を受ける機会が増えれば、それはそのまま日本プロ野球の隆盛につながっていくはずだから。

(以下、引用)
実は清水(一夫)さんは、報徳学園や神戸製鋼の監督をされ、金田正一さんの球を受けたこともあるという人だったのだ。
ところが「はいッ、ピッチング30球」と、かまえるのだけれど、正面のストライクゾーンに行った球しか捕らない。外れたらミットを動かしもしない。球の行方を見もしないで「ボール、取ってこい!」
さすがに肩のあたりなどにぶつかりそうなときは、捕るのだけれど、今度は投げ返してくれない。パッと捕って、フッと足元に落とすだけ。そして「おい、取りにこい!」
かまえたところにビシッと投げなければ、絶対に捕ってくれないのだ。
ちょっと体から逸れたところになんか投げようものなら、微動だにしない。
「はい、ここに30球」と言ったら、ずっとその同じところでかまえて待っている。ちょっと横に行ったり、逸れたりしたら「取りにこい」か「取ってこい」だ。夏場にこれをやられたら、ほんとに死ぬ。投球練習は、文字通り必死だった。
いや、基本の練習も必死だった。たとえばスクワット。
「はい、スクワット100回」
投手陣なら投手陣でまとまって、みんなで声を出しながらやる。
「……98、99、100」。100回やったら、もう太股はパンパン! そこで、
「桑田だけ、あと200回!」。清水さんは平気でそう言う。
「おう、数かぞえてやれ」なんて他のピッチャーに言っている。
「桑田が終わるまで、お前らは休憩」
今やっと100回やったところなのに、僕ひとりだけあと200回。
「クソじじい! もうしばいたろか!」と心底思った。そういう毎日だった。 (p49)

あの当時から、高校生でも、いろいろな球種を投げるピッチャーがいた。フォークで勝ち抜いたピッチャーもいた。でも、あの頃甲子園で優勝したピッチャーを、思い出して下さい。投げ合って僕が負けたピッチャー。みんなスライダーだフォークだと、投げていた。でも誰もプロに来ていない。来ていたって勝てない。ほとんど肘や肩が使いものにならなくなっている。
(p156)

さすがに赤信号ではあきらめるだろう、と考えた。ところが彼らはすごかった。1台目と2台目の車が、交差点に突っ込んで、青信号で進んで来る車の流れを遮断する。クラクションも無視して、壁になって、赤信号を無視して仲間の車を行かせるのだ。ものすごい連携プレーだ。
マスコミ各社は、普段からあんな練習をしているのだろうか。他にもいろいろエピソードはあるけれど、バカらしいからもう書かない。とにかくマスコミの連携プレーには、ほとほと感心させられた。しかし彼らが、ただただ僕をつけまわして、一体何を取材しようとしていたか、未だにわからない。 (p166)

よく人はプライドを傷つけられたという。たとえば年棒が低かった、待遇が悪かった、プライドを傷つけられた、というように。
でも僕の考えでは、自分の仕事に対して努力していること、精一杯頑張っていること、それが僕のプライドなのだ。だから、プライドを傷つけるのは、自分自身でしかない。自分が努力しなかったら、それが自分のプライドを傷つけることになるのだ。仕事に対する意気込みだとか、そのための努力、それが僕のプライドだ。そのためにはいろいろな人に話も聞くし、教えも乞う。 (p224)

僕がとくに好きなのは、こういう言葉だ。
「キミたちもご存知のように、王貞治は、彼は練習しましたよ。猛烈に練習した」
と、(長嶋茂雄)監督は話し始める。
「でも、それよりもっと練習したやつがいるんだ。誰だかわかるか?」
そして、
「……オレだ」
この言葉、このエピソードが僕は好きだ。やはり練習しかないのだ。 (p249)

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試練が人を磨く 桑田真澄という生き方 (扶桑社文庫 く 8-1)
by カエレバ