バレエ教室の先生を母親に持つ小学生姉妹が主人公のマンガ。

山岸凉子の絵はいつもスッキリしていて美しい。
彼女の代表作というと「日出処の天子」をあげる人が多いが、私は断然「アラベスク」のほうが好きだ。
その「アラベスク」に勝るとも劣らない傑作がこの「舞姫テレプシコーラ」。
第1部(全10巻)、第2部(全5巻)一気に読まされてしまった。

何事にもしっかりしているお姉ちゃん・千花(ちか)と、引っ込み思案の六花(ゆき)。
「どうせ私は994本足りませんよ」などといじけたりする妹のほうの目線で物語は進んでいく。

ある日、妹の小学校に須藤空美(すどう・くみ)という転校生がやってくる。
この子のキャラクターがじつに強烈。

まず、男の子にしか見えない。そしてブサイク。ただしスタイルは良い。
家は生活保護を受けていて、父親は飲んだくれ。
母親は、娘を非合法ビデオに出演させて、糊口をしのいでいるという悲惨な状況。

空美の叔母はどうやら世界的なバレリーナだったらしい。
この叔母から、空美は幼い頃から厳しい教えを受けてきた。

しかしこの叔母、ちょっと頭がおかしい。
少女がそのままおばあさんになったような気持ち悪さもある。

空美は極貧なのでバレエ教室になど通えない。
しかし六花たちの親のバレエ教室で一回だけ無料体験レッスンが受けられると聞いて、バレエ命の空美は万難を排して駆けつける。

この子がいったいどうなっていくのかが序盤の見所。

さすが山岸凉子、生徒たちだけではなく親、学校、先生、バレエ教室の運営の大変さ、などが過不足なく描かれている。

とにかく大変な世界だなと思った。

「頑張ればなれる」とか、そんな生やさしいものではないことを思い知らされる。

良い指導者に巡り会わないとダメだし、そのためなら新幹線通学も辞さない。
当然、親が裕福じゃないとダメということになる。
発表会のチケットのノルマもある。

スタイルが良くなきゃダメ。
外国語も習得しないとダメ。

学校でのいじめにも負けず、
レッスン生のイジワルにもめげず、
相性の悪い先生とも上手くつきあい、
食べたいものも食べず……。
それでも彼女ら、彼らはなりたいのである。

また、先生たちのほうも大変だ。
世界的なコンクールの評価基準だって年々変わっていく。

基準が変われば、教え方も変えなければいけない。
それを知るためには現地に行って、誰のどの踊りのどの部分が評価されたのか、またはされなかったのかを自分の目で確かめ、分析する必要がある。

そして自分なりの結論が出たら、日本での今後のレッスンにフィードバックさせなければならないのだ。
もう「〜いけない」「〜ならない」のオンパレードである。

そこまでやっても一瞬の事故ですべてが水の泡になってしまう怖さと常に背中合わせ。
事実、登場人物の中の一人が、大人の不注意から、夢をあきらめなければならなくなった。
実にいたわしいことである。

しかもプロになる夢が叶ったからといって、それらの苦しみから解放されるわけではない。
むしろ更なる苦しみが待ち受けていると言っていい。
そうまでしてなぜやるのか。

第1部6巻の巻末付録の中で、山岸凉子がいみじくも言っている。

「バレリーナという民族がいるのですよ」と。

ほとんどの人間があきらめた先にある崇高な輝きを飽くことなく求めて、努力研鑽し続ける民族。
我々はもはや、ハラハラドキドキしながらページをめくるより外はない。

なぜわざわざお金を出してまでそんな思いをするのか、との問いにはいみじくもこう答えよう。

「ヤマギシーナという蛮族がいるのです」と。

ぜひぜひ第3部描いてくださ〜い!

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日出処の天子 第1巻 完全版 (MFコミックス)
山岸 凉子
メディアファクトリー (2011-11-22)