笠智衆の表情が映し出されるだけで、満ち足りた気分になる。
封切りが1941年ということは、笠智衆36歳の頃の作品だ。

笠は、問題児ばかりを集めた矯正施設のような学校の先生をしている。
子どもたちの平均年齢は12歳くらいだろうか。
何年いたら卒業というのではなく、先生が「社会復帰してもよし」と思えたら卒業というシステムのようだ。
卒業式で一人一人が誓う自己修養訓が、とても立派なのには感心してしまった。
書き写して座右の銘にしたいくらい。
試しにググってみたら、やんごとなきお方が作者であられた。

大空にそびえて見ゆる高嶺にも
登ればのぼる道はありけり
(明治天皇)

うつはには従いながら巖がねも
とほすは水の力なりけり
(明治天皇)

今しわれ岐路にぞ立てる明き道
暗き道みゆいづれを踏まむ
(九条武子)

清水宏監督は子供を撮るのがうまいといわれている。
なるほど、見ていると子供時代の感覚を呼び覚まされる。
ある女の子が、同級生の靴を盗んだところを見つかってしまう場面。
彼女は思わず後ろ手に隠すのだが、靴が手から落ちてしまう。
そのときの靴は鉛のように重かったことだろう。

ハイライトは、先生と生徒総出で全長二キロの水路を作る工事。
男児は鍬とシャベル、女児は食糧と水をそれぞれ担当。労働とは喜びなのだと気づかされる。
完成し、勢いよく迸り出る水。流れと一緒に走る子どもたち。生命力の賛歌。

ちなみに「映畫読本・清水宏」によると、水路建設のシーンは『麦秋』(小津安二郎ではなく、キング・ビダーのほう)を模倣したということらしい。こちらも機会があれば観てみたい。

映画読本・清水宏―即興するポエジー、蘇る「超映画伝説」
映画読本・清水宏―即興するポエジー、蘇る「超映画伝説」

あっという間の二時間弱だった。
こうして清水作品を一本一本見終えるほどに淋しさは募るばかり。
紛失したと思われていたフィルムが大量に発見さる!……みたいな事、起こらないだろうなあ。
もちろん何度も見返すことはできるし、そのたびに新たな発見はあるだろうが。
まあ嘆いてもしかたがない。残された作品を大切に観ていこう。

手元に笠智衆の本があるので、関連部分を引用させていただく。
あれは昭和十五年か十六年ごろのことだと思うから、『女人転心』か『みかへりの塔』のときだったろう。例によって伊豆の大仁ホテルを根拠地にしてロケに出かけた。清水組のロケは、リヤカーにカメラを積んで、ムシロを脇に抱えたりしてトコトコ歩いていくといった素朴なやり方だった。それが清水オヤジの主義であり趣味でもあった。
ところが、それから間もなく、東宝で『川中島合戦』を撮影していた衣笠貞之助監督のロケ隊も、同じ大仁ホテルへやってきた。この東宝のロケ隊は、なかなかぜいたくで、みんな自動車を使って移動する。ホテルで払うチップなども大いにはずんだらしい。
それを伝え聞いて、清水組は顔色を失ったらしい。『川中島』にすっかり食われてしまったのだ。それから、しばらくの間、清水オヤジは大仁方面へはロケに行かなくなってしまった。(中略)

私は大部屋から抜けたあとも、清水監督には、よく使ってもらった。最近は、小津作品の評判がますます高いが、清水監督にも、すぐれた作品が何本もあると思う。だれも清水作品のことを言わないのが不思議だ。

俳優になろうか―私の履歴書
俳優になろうか―私の履歴書
1987年5月18日発行

あらすじ(ネタバレあり)

草間(笠智衆)は、素行に問題のある児童ばかりを引き受け更正させる学院に勤めている。
今日もまた一人転入生がやって来た。
坂田多美子(野村有為子)は母親がいなくなった反動でぐれてしまい、父親(坂本武)に連れられてきた。
夏村(三宅邦子)が面倒を見ることになったが、まったく協調性のない多美子に手を焼く。

ある日、多美子が裸足で学校から帰ってきた。
靴を盗まれたのだ。
夏村は自分の履き物を貸すが、多美子は裸足のまま駆けだしてしまう。

学院生活が耐えられない多美子は父親に迎えにきてくれるよう手紙を出す。
父親はすぐにやってきたが、院長先生(奈良真養)に説得され、引き続き多美子を預けることにする。
落胆する多美子。夏村がなぐさめに行くが、月謝を払った上に女中働きさせられるのなんてまっぴらごめんだと多美子は食ってかかる。思わず手を上げてしまう夏村。

自分には子どもたちの親代わりになる資格などないと辞める決心をするが、草間に慰留され思いとどまる。

多美子はその後男子たちに、一緒に脱走しようと誘われいったんは同行しかけるが翻意し引き返す。
後にそれを知った夏村は、多美子が変わりつつあることを大いに喜んだ。

多美子と常々折り合いの悪かった直子(泉啓子)が院長室に直談判にやってきた。多美子と別のグループに変えてほしいという。
夏村が多美子ばかりを贔屓するというのだ。

それからほどなくして、多美子の靴を盗んだ犯人が直子だったことが分かる。
夏村の前で号泣する直子。
それを見た多美子はこの件で直子を責めることをしなかった。

院長室に岡本(緒方喬)という卒院生が訪ねてくる。
今は食料品店で働いており、旧家を利用して遊びに来たのだという。
だが、どことなく様子がおかしい。
草間が問いただすと、仕事を辞めてきたことが分かった。
この学院の卒院生だということが知れると周りの扱い方が冷淡になり、金銭の紛失などがあると真っ先に疑われてしまう。
岡本が仕事を辞めるのはこれで3回目だった。
草間はもっと気を強く持って生きろと励ます。

学院では水不足が深刻な問題となっていた。
協議の末、思い切って山の上の池から水を引く大工事を行なうことに決定。
脱走者や傷病者が続出したが、全員で力を合わせ水路は完成した。

そして迎えた卒院式。
多美子ら、たくましく成長した若者たちが一人ずつ感謝の言葉と自己修養訓を述べる。
そして、みかへりの塔の鐘を全員で鳴らし、その音を生涯忘れぬよう心に刻みつけた。
去っていく卒院生たち、それを見送る先生方と在院生たち。
彼らはいつまでも手を振り合うのだった。

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Introspection Tower

監督・脚本
清水宏

音楽
伊藤宣二

キャスト
奈良真養 (院長)
笠智衆 (草間先生)
大山健二 (鈴木先生)
近衛敏明 (水野先生)
河原侃二 (河野先生)
仲英之助 (津村先生)
三宅邦子 (夏村保母)
忍節子 (鈴木保母)
岡村文子 (川邊保母)
出雲八重子 (河野保母)
爆弾小僧 (善雄)
野村有為子 (坂田多美子)
坂本武 (多美子の父)
泉啓子(直子)
緒方喬(岡本)
吉川満子 (信一の母)
若水絹子 (正雄の母)
高松栄子 (保母)
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