安部公房の原作から受ける「砂の女」のイメージは、醜女でちょっと疲れているような感じだ。
だからこそ男は何とかして逃げたいと思うわけだが、若さと美貌が爆発している岸田今日子がお相手となると、むしろこちらからお願いします!と言う男性諸氏も少なくないだろう(笑)。
でも、だからといって醜女をキャスティングしたら、誰も見ないだろうから、このミスキャストを素直に喜ぼう。

映画を観ているうちに、モノの大きさに対する感覚が狂わされていく。
例えば、我々がモスラを巨大だと思うのは、モスラを取り巻くビルだの山々だのが小さいからで、そこからかんがみて相対的にモスラはとてつもなくでかいんだろうなあと認識する。
モスラ単体では、モスラがどのくらい大きいのかは推定できない。

『砂の女』に怪獣は出てこないけれど、虫とか小さなモノのあり得ない程の接写(それも単体で)が度々登場する。
これを繰り返されるうちに、いったい虫けらも人間も同じような価値しかないのではないかと思えてくるのだ。
巨人の国やこびとの国に翻弄されたガリバーはこのような気分だったのかも知れない。

主人公の望みは、新種の虫を見つけて、昆虫辞典に自分の名前を載せてやろうというものであったが、最終的にはその願いを捨ててしまったように見える。
これは砂の女の家から脱出するのを諦めたからというよりも、それまで自分が後生大事に持っていた価値観が色褪せてしまったからではないか。
主人公にとって、東京も、今までの生活も、新種発見も、意味を成さなくなってしまった。
というか、いまの奇妙な生活と同価値となってしまった。
価値が同じなら、もはや逃げ出そうがここに住み続けようがどっちだっていいことになる。
いや、他人に対して自己の存在を証明しなければならないという強迫観念から自由になれた分だけ、主人公は幸せになれたのかも知れない。

価値観の逆転現象は他にもあって、
砂丘にほられた大きな穴の中の家で暮らすという異常な状況がだんだんと馴染んできて、主人公がようやく穴から脱出できた時に広がる景色のほうが、虚無的というか異常な世界のように思えてくる。果たしてこの地続きに東京やら何やら存在しているのか確信が持てないような状態。
アリジゴクだと思っていたこの家は、実は唯一のオアシスで、今まで暮らしていた東京やら生活やら信じ込んでいた常識こそが巨大なアリジゴクだったのではないかという価値の逆転……。

そんな感じで観ていたのだけど、途中からちょっと白けた。
主人公が、村の男たちに「一日30分でいいから外に出してくれ。見張り付きでもいい」と頼むと、岸田今日子とまぐわうところを見せたら願いを叶えてやると、村人たちが言う。
彼らは穴の回りで、それぞれ仮面をつけて太鼓に合わせて踊ったりはやし立てるのだ。

何でこれが白けるのかというと、「砂の女」の面白さは、とんでもないことがこの村では当たり前のように行なわれているところで、砂の女はこの変な生活から(穴から)抜けだそうなんていう気はさらさらない。
何一つ疑うことなく、毎晩せっせと砂かきをし、水や配給品を与えられている。
砂の女は何かの懲罰としてこの家に住んでいるのではないのだ。

なのに、男はともかくとして、コミュニティの完璧なる一員である砂の女を慰み者にするということになると、主旨が違ってくる。
これまでは村民と砂の女はまったく対等な関係だったのに、このエピソードひとつで、あんな家に住まわせていたのは実はイジメでした、という解釈も成り立ってしまう。
何の理由もなく穴の中の家に住んでいるところが面白かったのに、そこに理屈がついてしまったので白けたのである。
本が手元にないので断言はできないけれど、たしかこんなエピソードは原作にはなかったと思うなあ。
あ、でも安部公房が脚本を書いているのか。
うーん、だとしてもここだけはいただけないなあ。

あらすじ(ネタバレあり)

東京で教師をしている男(岡田英次)がとある砂丘にやってきた。
趣味の昆虫採集をするために三日間の休暇を取ったのだ。
できることなら新種の昆虫を見つけて、自分の名をこの世に刻みたいというひそかな野心を持っている。
男に村人(三井弘次)が声をかける。
県庁のほうから調査に来たのではないかと怪しんでいるようだ。
男が身分を説明すると、もう終バスは出たし、民家を紹介するから泊まっていったらどうかと持ちかける。
旅館にでも泊まろうかと思っていた男は、渡りに船と喜んた。
村人数人に取り囲まれるようにして連れて行かれたその家は、砂に掘られた穴の中にあった。
男は縄ばしごを伝って降りていく。
そこに待っていたのは妙齢の肉感的な女(岸田今日子)だった。
男は夕食を御馳走になる。
その家には風呂がないらしい。水が貴重なのだ。
夜、女は雪掻きならぬ「砂掻き」を始める。
毎日これをやらないと家が砂に埋もれてしまうのだという。
翌朝、男が帰ろうとすると、縄ばしごが外されている。
女に問いただすも、のらりくらりとはぐらかされる。
どうやら自分は嵌められたようだと気付く。
男は女を縛り上げ、人質に仕立てて村人と交渉するが難なくあしらわれて失敗。
その後も男の脱出作戦は続く。
男女が一つ屋根の下で暮らしていればそのうちに関係が結ばれるのも当然の成り行きか。
ある日、男はついに脱出に成功する。
だが、底なし沼のようなところにはまり、大声で村人に助けを求め、またも失敗。
穴に戻される男。数ヶ月が過ぎる。
男はあるとき偶然に、砂から水を抽出する方法を発見する。
これで生活が楽になると喜び、以後もひそかに実験を続ける。
そのうち女が妊娠。女は村人たちの手によって穴から担ぎ出される。
村人たち全員が去ったあと、縄ばしごは残されたままだった。
男ははしごを伝って穴から出る。
そこには誰もいない。砂丘と海が広がっているだけ。
男は海を眺めた後、穴の中の家に戻る。
逃げるチャンスはまたいつか来る、と男は考える。
それよりも貯水装置のことをだれかに話したい───。
七年後、裁判所により、男は失踪者と見なされた。
男の名は、仁木順平と言った。

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英題 : The Woman in the Dunes

監督
勅使河原宏

脚本
安部公房

原作
安部公房

製作
市川喜一
大野忠

出演者
岡田英次(仁木順平)
岸田今日子(砂の女)
三井弘次(村の老人)

音楽
武満徹

撮影
瀬川浩

編集
守随房子