間もなく映画公開なので、手に取ってみました。
初刊行は1975年ですから、37年経っているわけですね。
現在でいうところの、アルツハイマー、認知症という症状は、
本書では「老耄」あるいは「耄碌」という表現になっています。

認知症に対する理解や関心が高まっている今こそ
映画化されるにふさわしい題材だと思います。
巨匠の作品とは言え、よくぞ40年近くも前の小説を発掘したものだと
映画の企画発案者の方の博覧強記ぶりには驚かされました。

予告編を何度か拝見した感想を申し上げますと、
なにしろ樹木希林の演技が凄まじく、非常に期待が高まっております。
実は私の母も認知症で、要介護度が1から5まであるうちの3で、
結構進んでいるのですけれど、表情が本当にああいう感じなのです。

アカデミー主演女優賞に輝いた「マーガレット・サッチャー」の、
認知症の描かれ方が嘘っぱちもいいところだったので、なおさらそう思います。
まあメリル・ストリープに責任はないですけれど。

本書では、認知症の症状を「壊れたレコードのよう」と表現していますが、
まさにその通りで、一度思い込んでしまったら、それが間違っていようが
何千回注意しようが、もう修正が効かないのですね。

主人公と、彼の兄弟たちが母親の介護を続けていくにつれ
疲弊していくさまを読みながら、まったく身につまされました。

私などは、この時点で、もう人としての交流は無理だと
あきらめてしまっているのですけれど、井上一族はさすがに違いますね。
あくまでもお母さんのことを理解してあげようとするまなざしを捨てません。

予告編では、息子役の役所広司が号泣するカットがありました。
おそらく、かなりの感動作に仕上がっていることと思われます。
しかし原作の中には、そういうシーンはまったくありません。

主人公である息子は、母親の理解者であると同時に、
あくまでも冷徹な観察者としてのスタンスを保ちつづけているのです。
ただ、物理的に落涙こそしていませんが、文章がむせび泣いていました。
十分すぎるほど、母親への愛と悲しみが伝わってきました。

ですから、原作にはない、映画で主人公が号泣するという演出は、
行間にこめられた感情を、映像化してみせた素晴らしいもので、
原作を十二分に読み込み、理解されていることの表れだと思います。
映画を観る前から語っても詮ないですが(汗)

とにかく、この本との出会いに感謝しています。
もういちど母親を理解してみようという気を起こさせてくれたのですから。
手を焼かせてくれる相手がいるうちが華なのでしょうね、おそらくは。

br_banner_kokuban

わが母の記 (講談社文庫)
わが母の記 (講談社文庫)
井上 靖

関連商品
幼き日のこと,青春放浪 (新潮文庫 い 7-21)
しろばんば (新潮文庫)
夏草冬涛 (上) (新潮文庫)
天平の甍 (新潮文庫)
夏草冬涛 (下) (新潮文庫)
by G-Tools