サブタイトルは「変わるものと変わらないもの」。
対談も収録されています。お相手は
押井守、リック・マッカラム、石坂敬一、山田洋次、鈴木康弘各氏。

今回はじめて鈴木敏夫氏の著作を読みました。
結論からいうと、非常にタメになったし、面白かったです。
この本のおかげで、観たい映画、読みたい本が一気に増えました。

去年公開された『コクリコ坂から』は、個人的には
不満なところがいくつかあったのですが、
けっきょく批判記事を書く気になれませんでした。

今から思うと、鈴木敏夫氏が日本中に充満させた
「ジブリ映画が面白くないわけがない」という空気に
押さえつけられちゃったんですね。

でも、その戦術をあえて隠し立てせず、赤裸々に語るところに
鈴木氏の敏腕ぶりが現れているような気がします。
私は非常に好感を持ちました。

次はどんな映画を魅せてくれるのか、今から楽しみですね。

(以下、引用)

p16
単にいい映画というだけでは、お客さんは観にきてくれません。
それを突破するには、大宣伝によって映画をイベント化する必要があります。
ジブリ作品はほとんどが夏に公開されていますが、
「この夏、絶対に観たほうがいい話題の中心」
という空気を、全国的に作り出すのです。
(中略)
また、雑誌や新聞等での一般のパブリシティ展開も非常に重要です。
専門のパブリシティ会社に委託し、積極的に各編集部に働きかけることで、
好意的な記事を書いてもらうのです。

p22
昨年(2001年)、ディズニーのマイケル・アイズナー代表が
『千と千尋の神隠し』を観たとき、なんでもスタジオ中が騒然としたそうです。
ひとつは、アイズナーが日本の長編アニメーション映画をはじめて観るというので、
みんなが仰天した。
もうひとつは、アイズナーはどんな映画でもだいたい五分くらいしか観ないので有名なんですが、
『千と千尋』のときは、最後まで席を立たなかった。
そして、終わって一言「わからん」(笑)。
どうしてこれが日本で2300万人もの観客を集め、
2.5億ドル(300億円)もの興行収入を上げたのかが理解できない、と。

p27
いま(2002年)、アメリカでヒットしているアニメ作品をみると、すべて3Dアニメです。
もうふつうの平面のアニメはだめだという声まである。
では日本でもそうなるか、というと、ぼくはそんなに簡単にはいかないと思います。
これは日本の文化の違いになってきますが、アメリカでは3Dであろうが、平面のアニメだろうが、まず最初に作るのはキャラクターの立体模型です。
それをいろいろな角度からカメラに撮って、画像を作っていく。
ところが日本はまったく違う。
遠近法を多少無視してでも、見た目に気持ちのいい線を強調する。
デフォルメし、メリハリをつけなくては観客が満足しないのです。
(中略)
じつはその日本人好みのデフォルメを徹底的にやったのが『千と千尋』なんですね。
宮さんが自分の描きたいものを、自分が観て気持ちいいようにどんどん描いていった。

p37
余談になりますが、彼(宮崎駿)の、映画の見方というのもおもしろい。
たまに「今日は映画を観にいく」と朝早く、言い出します。
で、夜、帰ってくると報告してくれます。
「五本観たけど、おもしろかったのは一本かな」
彼の映画の見方。
とにかくタイトルもはじまる時間もろくに見ないで、
たとえば新宿に行くと、ゆきあたりばったり映画館に入ります。
途中で観はじめることになんのためらいもない。
つまらないと、すぐにはしご。つぎの映画に。
おもしろいと観つづける。
だからといって、最初のほうを観るということもしない。
おもしろいかどうかの基準も一風変わっている。
こんなことがありました。
「チンギスカンの映画がおもしろかった。
あの時代の鎧がどうなっているのか、ずっと疑問だったんだけど、今日、わかった」
「内容は?」
「内容はよくわからなかったです」

p42
ぼくは、宮崎作品のすべてに関わって来ましたが、後にも先にも、
『となりのトトロ』のときほど楽しげに働く宮さんを見たことはありません。
でも、不思議です。
『トトロ』は、映画の興行として決していい数字ではなかったのですが、
その後、ビデオやキャラクター商品が売れまくり、
結局、ジブリ作品のなかで、いちばんの稼ぎ頭になっているんですから。
営利を目的としなかった作品が、いちばんの収益をあげている現実。
ぼくは、つくづく世の不思議を感じざるをえないのです。

p63
現実より一足先に、男女平等、否、誤解を恐れずにいうなら女尊男卑を実現した映画はじつは
『風の谷のナウシカ』だったんじゃないかーーーというのが、ここまで書いてきての思いつきである。
なんとなれば、男たちが寄ってたかってムチャクチャにした地球をたったひとりで救おうとした少女の物語だったからだ。
『ナウシカ』はいわば男たちへの復讐劇映画とも見てとれる。
この映画がヒットした理由について、識者たちは「人間と自然」の問題を強調した。
が、実際には、鮮烈にして壮烈なナウシカという、新時代の到来を予感させる女性キャラクターの登場が、女性たちの眠っていた意識を呼び醒ましたからだという見方もできる。

p175
時代を追うテーマがあるとしたら、現代において何を作るべきか、ということです。
ぼくの子どものころは本当に貧しい子がいっぱいいて、当然映画も「貧乏の克服」が大きなテーマ。
それをいちばんうまくやったのが黒澤明です。
ところが衣食住がゆきわたったとたん、黒澤がもっていたテーマは意味を失い、彼はファンタジーとしての貧乏を描きはじめる。それで苦しむ。
そんな時代に宮崎駿は自然の問題をとりあげ、
「貧乏は克服したかもしれないが、その結果として何が起きたんだ」
というテーマで新しい娯楽映画を作った。
ところが、気がつくと、その宮さんのテーマも個人的なものになってきている。

p194
石坂敬一
「名前は重要ですよ。
私の考えでは、音楽をコンテンツという人は音楽を聴いてない人です。
私はものすごく抵抗がありますね。
そんなことを考えたこともない」

鈴木敏夫
「ぼくも同じです。
やはり映画をコンテンツと言われるわけですよ。
ぼくはそう言って取材に来た人にはいつも頭にきて、言う。
『ぼくらがやっているのは<作品>だ』と言うんです。
<商品>とも言わないでくれと。
だけどどこかの段階から<商品>に変わっているんですよね」

p211
山田洋次
「そういえば、以前、鈴木さんに『寅さんをもう一度作ってください』と言われたことがありますね。
僕が『渥美さん、死んじゃったじゃない』と言ったら、『代わりがいます。高倉健さんです』とおっしゃって」

鈴木敏夫
「高倉健さんには、ある時期まで演技が二種類ありました。
一つはおなじみの折り目正しいヤクザもの、もう一つは『網走番外地』のような、すぐカッと頭にもくるけど善良だという人物。
いつの間にか、そちらがなくなってしまったので、ファンとしてはつまらなかったんですよ。だめでしょうか」

山田洋次
「たぶん無理だと思うけど(笑)。
でも、彼が寅さんのような単純な善人を演じたら楽しいでしょうね。
本当に心がきれいな人ですからね、健さんという人は」

p221
これは高畑(勲)さんに聞いた話なんですが、アメリカ映画の場合、少なくとも一度は映画を作る上での考え方の転換があった。
昔のハリウッド映画はある時代まで、テーマがすべてラブだった。
それが『スター・ウォーズ』の登場によって、フィロソフィになった。
どういうことかというと、あれは主人公ルークが自分の内面に入り込んでいくお話でしょう。
しかも敵のダース・ベイダーが自分の父親であるという、善悪の基準もわからなくなるような状況に陥る。
こういうことをあの一大娯楽映画シリーズがやり、成功させた瞬間にハリウッド映画は変わったんです。
『スター・ウォーズ』以降のハリウッド映画には、フィロソフィが必ず盛り込まれている。
(中略)
それによって以前は映画界全体を覆っていたラブが、フィロソフィの中に取り込まれたんです。
ですから今では(2005年)、ラブそのものを全面展開させた映画はダメなんですよ。
(中略)
今また、そういう時代の変わり目に来ている気がしますね。

p238
中里介山の原作を読んだのは、大学生になってからだ。
昭和の初めに出た『大菩薩峠』を神田の古本屋で見つけると、
僕はむさぼるように、一七巻まで一気に読んだ。
そして、龍之助の生き方が強烈な印象を残した。
生きる目的がなく、なりゆきで果てもない旅をつづける。
これも、その「受け身」の剣法にあいつうじるところがあった。
のちに堀田善衛の解説を読んで、納得をした。
この受け身と消極の姿勢を主調とする剣法をたとえとしてみるなら、それは圧制に苦しむ民衆というものの姿であり、そこに、民衆に愛される理由の一端があると。
そして、龍之助は世界にはめずらしい、日本に特異なヒーロー像だとも教えられた。
目的を求めず、目の前のことをこつこつとこなす。
それが、いわゆる庶民の生きる知恵だ。
僕は、そう考えて受け身と消極で生きてきた。

p252
角野栄子さんの児童文学『魔女の宅急便』を映画化しようとしたとき、監督の宮さんと僕はずいぶん悩んだ。
この映画の「核」をどうするか。
ふたりで吉祥寺の喫茶店で何時間も話し合ったすえに、不意に『ぼくと<ジョージ>』のことを思い出した。
それが、あの映画の出発点だった。
それから宮さんは思春期というものについて考えだした。
まず彼は、大人と子どもの中間である主人公の女の子キキの頭に、大きなリボンを結ばせた。
アクセサリーとしては大きすぎるのではないかと指摘したら、思春期の彼女が自己を守る象徴だと聞いて、驚いた。

p261
2010年夏、東京で開かれた「宮崎駿が選ぶ岩波少年文庫の五〇冊」を紹介する展覧会に、一万人以上の人が押し寄せた。
手前味噌だが「マシなものを読みたい」という欲求はちゃんとあったということが分かったし、その思いは人々の内側から簡単に消えることはない。
そうでないと、僕らだってとうの昔に映画作りをやめている。

p46
ぼくらは映画を作るために、特別なことをやっているつもりはありません。
日々、仕事のなかで、旅のなかで、出会った人たちの話と振る舞い、それをヒントに映画を作っています。
どんな時代になっても、生きるに値することと美しいものは必ずある、と信じて。

ジブリの哲学――変わるものと変わらないもの
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鈴木 敏夫

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