論争・長嶋茂雄 (中公新書ラクレ)

2001年に出版された本です。なので、選手時代より、
第一期〜第二期監督時代の長嶋氏を中心に
語られているという印象を受けます。
論客陣は以下の通り。

小此木啓吾
清水哲夫
鈴木武樹
田村信三郎
辻上
今福龍太
大塚英志
長部日出雄
ジム・ウェザフォード
諸井薫
倉田雄次
赤瀬川原平
ねじめ正一

「論争」とタイトルがついているだけあって、
「何が何でも擁護」派から「嫌いったら嫌い」派まで
取りそろえてあるという感じです。

例えば、長嶋氏特有のあのかん高い声を、ねじめ正一氏は
「耳元をひたすら意味なく気持ちよく通りすぎていく」
と大絶賛しているのに対し(けっこう微妙ですが)
ジム・ウェザフォードという人は
「生理的に嫌悪感を誘う」と、もはや「論」になっていません。
この人は血液型まで持ち出していまして、
とにかく否定したくてたまらないようです。

でもまあ全体的には肯定派が多数を占めていると言えるでしょう。

長嶋氏はよく
「『記録』よりも『記憶』に残る男」という言い方をされます。
それを裏付けるような数字が載っていました。

通算打率は.305
これを走者別に見てみますと…

走者なしでは
.294

走者三塁では
.344

一・三塁では
.346

二・三塁では
.380

(プロ野球記録大鑑より)

なんという勝負強さでしょうか。まるでマンガです。
こんな人が本当にいたんですね。

そしてその前後の打席には世界のホームラン王・王貞治氏が
控えているわけですから、当時の読売巨人軍というのが
いかにとてつもないチームだったか、推して知るべしです。

自分は、全盛期のONをナマでご覧になれた方々を
指をくわえて羨むしかないので、せめて本書で
凄さの片鱗だけでも味わわせてもらおうと思います。

(以下、引用)

「プロ野球とは、おとなの中に残る、子供時代の夢をタネにして利益をあげる、人類史上唯一の企業だ」
という言葉が、アメリカにある。いま、長嶋茂雄は、敗戦直後の時代の、
あの創世記的な混沌と自由と明るさとを周囲にかもしだしつつ、
この国のプロ野球に欠けていたなにものかを見いだそうとして、
自己の、おそらくは子供時代からの夢を必死に追求しつづけている。
(『週刊現代』1975年8月21日)

長嶋が戦後日本の高度成長期を担った他のスポーツ選手たち
(大鵬、王、女子バレー……)と決定的に違っていたのは、
伝統的求道者の自己抑圧的な物語から軽々と逸脱するエピキュリアン
(快楽主義者)の素質においてだった。
人生を映す鏡としての「野球道」からもっとも遠い場所に、
ベースボールの本質的領域が広がっていることを彼は直感していたのである。
(『中日新聞』1995年7月23日朝刊)

長嶋「ああしよう、こうしよう、バットがどうだとか、なに投げてくるんだとか、
ウイニングショットは何だとか、遊びだとか、勝負はあとにしようとか、
いろんな駆け引きの形があるわけでしょう。
それをやっている間はまだほんとの勝負にはほど遠い。
僕は若いときからそういう面がありましたよ。
別に行を積んだわけじゃないんですよ、決して。
若い青春のばりばりでしょう。
来た球を打つ、ストライクだから打つ。
これは砂押さん(立教大監督)の指導法で。
たいがい守りから入るんですね、ボールは打つなという指導から入るけれども、
砂押さんの場合は、ストライクなら最初から打て、ボールは見逃せばいいんだと言う。
言葉の上では同じなんですが、全然メンタルでは違うんですよ。
(『老人力のふしぎ』朝日新聞社、1998年10月刊)

論争・長嶋茂雄 (中公新書ラクレ)論争・長嶋茂雄 (中公新書ラクレ)
織田 淳太郎

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