この本を読んで、ますます落合博満氏のことが好きになりました。
まったくブレがない方ですね。
野球に対する愛がビシビシと伝わってくる内容です。

選手時代はもちろん、監督としても超一流であることを証明した落合氏に
(現時点で)オファーがないというのは実にもったいないことですよ。
一日も早い現役復帰を心より願っています!

(以下、引用です)
やや響きのよくない言葉かもしれない。
それでも、プロ野球界で言えば「近い将来にレギュラーになってやる」という向上心よりも、
「レギュラーの寝首を斯いたってポジションを奪ってやろう」と心に秘めるのが一流への近道になる。

私自身は、その仕事を始めたタイミング、そこで出会った人との縁といった要素も、
その人の人生を左右するのではないかと思っている。
そして、どんな道でも成功を収めるためには、ある種の才能が必要だと感じている。
その“才能"とは、ボールを投げたり打ったりというものではない。
プロ野球界に入ってくるような選手は、誰でも野球センスには恵まれていて、プレーに関する才能は備えている。それとは別に、自分自身を適正のある世界に導く才能とでも表現すればいいのか、
セルフプロデュースする能力が必要なのではないだろうか。

だが、社会に出たら要領のよさだけでは生きていけない。
自分自身の仕事の腕を磨きながら、一定の実績を残していかなければならないからだ。
では、ビジネスにも予習や復習は必要だろうか。
プロ野球の世界に限れば、私自身は予習はいらないが、徹底した復習が必要だと考えている。

私自身は、実力社会では年齢や年数としての経験は関係ないと思っている。
とはいえ、「俺は若いから、まだまだこの世界にいられる」と考えてプレーしている選手と、
「俺はこれだけ歳を取っていて、もう先はないから悔いを残さないでやろう」
と考えている選手のどちらが、ここ一番の場面で力を出すのか。
それを考えると、どうしてもベテランを起用せざるを得ない。
チャンスはあらゆるところに落ちている。
まずは、それに気がつくかどうかだ。

独自の進化を遂げ、日本のプロ野球スタイルを創り上げてきた日本だが、
アメリカの影響を受け続けていることも事実である。
こういう流れの中で、私が気になっていることがある。
日本で築き上げたスタイルや独自の進化した部分を無視して、
最近は、感覚的なものまでアメリカ流になっていることだ。
先ほどの盗塁の話で言えば、2008年から日本のプロ野球も、
勝敗に関係ないと思われる場面での盗塁は記録されないことになった。
勝敗に関係ないかどうかは公式記録員が判断するというが、
どうして勝敗に関係ないかどうかがわかるのだろう。
勝敗とは、そもそも最後の最後までわからないものだ。

私も評論家活動をしていた1999年からの5年間は、12球団すべてのキャンプ地に足を運んだ。
キャンプも見ずにあれこれ書くのは失礼だと思っていたし、
何よりも自分の目で情報を収集しなければメディアで話すことも書くこともできない。
そして、実際に現場に足を運べば勉強になることがいくつもあった。
「プロだから見なくてもわかる」という人もいるようだが、
私自身は「プロだからこそ見なければわからない」ものだと実感した。
プロだから見なくてもわかると言う人は、自分が経験した野球で時間が止まっている。

現役時代から、私がポーカーフェイスに無言を貫いてきたのは、こうした理由もある。
外角のボールで三振に打ち取られても「やられた」という表情をせず、
本塁打を放って「どんなボールでしたか?」インタビューを受ければ「真ん中のストレートだろう」と、とぼけておく。
それは、1年も長く現役を続けるための自己防衛、ある種の自己演出でもある。これもプロの戦術なのだ。
そういう意味では、最近の選手はインタビューにも随分と真正直に答えているという印象だ。
時折、「それで自分を守れるのかな」と感じてしまう。

「100回バットを振ったヤツに勝ちたければ、101回バットを振る以外に道はない」
という大原則と、自己成長力の大切さを認識すること。
まずは、そこがスタートラインになる。
体の使い方や動きといったごく基本的なことは、自分の体に染み込ませていくしかない。

アウトかセーフか微妙な場面で自軍に不利な判定が下された時、
監督がダグアウトを飛び出し、その判定を下した審判員の元に
猛然と走っていって抗議するシーンを見たことのある方は少なくないだろう。
(中略)
中には自軍の選手の気持ちを鼓舞するために猛抗議をする監督もいるらしい。
監督が抗議をして退場になれば、
「あれだけ監督が抗議してくれたのだから、この試合は負けるわけにはいかない」
というわけである。
私は、こういう目的で抗議に出たことはない。
なぜなら、それは審判員への侮辱だと考えているからだ。
チームの士気を高めるために審判員を利用するのは、
どこかで彼らの立場が自分たちより下だと思っているからではないか。
野球の試合というのは、審判員が「プレイボール」を宣告しなければ始まらない。
選手と同様、審判員は野球の試合になくてはならない存在なのである。

采配
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