準備する力  夢を実現する逆算のマネジメント

サッカー日本代表に選ばれた選手たちの本を読むと、
選出されるためには、ただがむしゃらに人一倍練習するだけ、
というような単純なことでは全然だめで、

監督が求めている選手像はどのようなものか、
自分の特色を、試合でどうアピールしていくか、
チャンスが巡ってこない間のモチベーションの保ち方、

など、考えに考え抜いた上で、過酷なノルマを自らに課し
強靱な精神力でそれをやり遂げた末に、栄えある日本代表の座を
勝ち取ってきたことがよく分かります。

本書を読んで、初めて知ったのですが、
川島選手は、試合に負けると悔し涙をこぼすことがあるくらい
負けず嫌いなのだとか。

四カ国語をあやつれるクレバーさと、負けたとき泣くほど悔しがれる激情を
併せもっている川島永嗣という選手は、世界を股にかけるアスリートとして、
ひとつの理想の姿なのかも知れませんね。

(以下、引用です)

なぜ使ってもらえないのかという理由を自分で考えてみた。
正キーパーの楢さんと比べて、安定度で劣っている、正確さが足りない……
いくつものウイークポイントが挙がった。
自分のウイークポイントを理解した上で対策を講じてプラスに変える。
マイナスの局面を、自分にとってプラスに変えられるかどうかが、凄く重要だった。

練習の中でも、他の選手が、ダッシュを5往復するなら僕は6往復した。
腕立て伏せ20回がノルマなら30回やった。
「絶対に人よりも多くやる」が、自分に立てた誓いだった。
それが僕なりの他の人と差をつけるような努力であり工夫だったのだ。

Jリーグのスカウトの方々に評価をしてもらう最後のチャンスが、高校3年の10月にある国体だった。
僕は、プロのスカウトの目に留まるためには、どうすればいいのかという目標を立て、
そのために必要な要素を自分なりにリストアップし、
時間が限られている中でトレーニング方法を練った。(中略)
強化ポイントをキック、キャッチ、ハイボール処理の3点だけに絞ったのだ。
その3種類のスキルの精度を徹底して高めてミスを減らす。
プロのスカウトが好むような正確な動きを研ぎ澄ました。

転機は2003年の2月である。大宮のキャンプに行く際に、読書が趣味の先輩に、
「何か面白い本を貸してください」と頼んで一冊の本を貸してもらった。(中略)
僕にインパクトを与えた、その一冊の本は、落合信彦さん著の『命の使い方』だった。
「今日やっていることが3年後の自分をつくるのだと思え」
「これから何をやるのかを目標としてセットアップしておけ」
「勝負に全部勝つ必要はない。失敗は自らをレベルアップしてくれる」
この本を読んだ時に、そういう言葉の数々に素直に共感した。

自分の態度や姿勢を振り返ってみると、試合に出してもらえない時は、それが納得できなかったし、
「なぜ試合に出さないのに、代表メンバーに呼ぶのだろうか」とふて腐れた態度をモロに出していた。
恥ずかしい話だが、当時は感情もコントロールできず、思考回路も幼かった。
しかし、アテネ五輪代表に落ちて、移籍を決めた名古屋でも試合に出られないという状況の中、僕は、
「たとえ試合に出ていても出ていなくても、チームのために自分に何ができるのかを考えていかねばならない」
と思うようになっていた。まだまだちっぽけなものだったが、
自己犠牲やフォア・ザ・チームの精神が芽生えてきていたのだろう。

南アフリカの合宿地、ジョージに入り、最終調整として行ったジンバブエとの練習試合で、
僕はレギュラー組でプレーした。
つまり、カメルーンとのグループリーグの初戦で、僕の出場が、ほぼ確実となったということだ。
楢さん、能活さんの二人は、スタメンから外れる形となったのだが、
本当に気持ちよく僕を南アフリカのピッチへと送り出してくれた。
二人がかけてくれた「おまえならできる。大丈夫だ」という言葉は心強かったし、
僕を信頼してくれているという気持ちが伝わってきた。
「二人の思いを背負ってピッチに立つ」という責任感よりも、
メンバーを外れたことをおくびにも出さずに僕の背中を押してくれる、
その姿に「なんて器の大きい人たちなのか」という感動が先に立った。

今まで日本で正解だと教えられてきたキーパーのセオリーが、
環境が変われば、正解ではなかったりするのだ。
また違うセオリーが、存在していたりする。
そうすると、自分がずっと同じ場所にいて、
それを正解だと思っているということ自体が不正解なのだということがわかる。

僕は、ベルギーへの移籍1年目に異文化の洗礼を受けた。
メンタル面もズタズタになった。
チームも負け続けて、当然、点も取られる。開幕から1か月間も勝ち星がない。
2010年8月29日のゲンク戦に1 - 4で負けて、ついに開幕5連敗目を喫すると、
涙があふれて止まらなかった。情けない。そんな思いと悔しさが重なった涙だ。
「なんでおまえが泣いてんだ」
ロッカールームに戻るとチームメイトには、そう言われた。
「バカヤロウ!」
敗者になることをなんとも思わない彼らに腹が立った。

練習では、考えさせ、走らせた。7色のビブスを使うなど
同じパターンの練習をやらなかったし、選手を飽きさせない。
すると、選手からはもっと学びたい、もっとオシムさんから
新しい知識を引き出したいという探求心や向上心が出てくる。
オシムさんは、そういう監督と選手との素晴らしき緊張関係を作り上げていた。
オシムさんには試合に出してもらえなかったから、
僕にとっては理想の監督ではなかったはずなのだが、大きな刺激を受けて充実感があった。

記者やライターの方々には、誰に対してもフラットでいたいと考えている。
特別仲のいい人や、逆にそうじゃない人。そんな分け隔てなく公平に接したい。
また、僕の記憶が確かならば(もしかすれば、失礼があったかもしれないが)、
これまで報道陣の問いかけを無視して立ち去ったことはないと思う。
記者の方の向こう側にはサポーターや応援している方々がいるわけだから、
メディアを無視することは応援していただいている方々を無視するのと同じ行為になる。

南アフリカのワールドカップでのオランダ戦。
僕は、スナイデルのシュートを防ぐことができなかった。(中略)
2009年9月のテストマッチでは、まったくスナイデルのシュートに反応できずに0 - 3で敗れた。
だが、今回は反応できたし、打たれた瞬間に「完全に止めた!」と思った。(中略)
今、冷静に考えてみれば、反対に中側でもいいから、
ボールの動きに逆らわず弾けばよかったのかもしれない。
もしくは、もうワンテンポだけ反応を待って、前に出てパンチングに行くべきだったのかもしれない。
しかし、あの場面でぶれ球の進路までを予測して動くことは困難だった。(中略)
まったく手も触れることもできないシュートではなかっただけに、なおさら悔しさが募る。

数年前に「お互いが楽しみ、お互いが成長するためのきっかけ作りの場所を作りましょう」
というコンセプトを「ユニバーサル・フットボール・ジャム」という一つの活動にしてスタートさせた。
障害者、健常者、アスリートの三者が、一緒になってフットサルを楽しんだり、
ブラインドサッカーを体験したりするチャリティイベントで、
東西に場所を変えながら、年に何回か開催し、多くの方々に参加してもらっている。
サッカーを通して、普段、触れ合うことのない人たちが、共にボールを蹴るだけで、みんなが笑顔になれる。
そこにサッカーがあるから。

その日、僕は二度泣いた。試合の前と、試合の後に。
現地時間3月19日、1部残留争いのかかっていたクラブ・ブルージュとの最終戦。
ホームのマールテン・ステルクスのスタンドのあちこちで日の丸が揺れていた。
後から聞くとそれは8000枚にものぼったそうだ。
クラブとリールセの人たちが、東日本大震災に見舞われた日本を
勇気づけるために用意してくれた日本の国旗だった。
僕の視界は、涙で霞んだ。
人の命はサッカーより尊い、そしてサッカーには尊い命にかかわる大切なチカラが備わっている。
1部残留争いのかかった大事な試合を前にして、僕は溢れる涙を止めることができなかった。
サッカーには、人の心を一つにする力がある。

人生は平坦ではないかもしれない。
でも、これから先に新しい経験が待っているかと思うと、本当にワクワクする。
そのために、まずは未来の景色を思い描くこと。画家が鉛筆で下描きをするように。
そして、どんなに苦しいことがあっても、うまくいかないことがあっても、
色を塗り続けることをやめなければ、それが一人ひとり違った最高の絵になっていくのではないだろうか。
「Life is Beautiful」
僕が、ブログのタイトルにしている言葉だ。
「人生は美しい」とでも訳すのだろうが、僕は「人生って捨てたものじゃない」という自訳をあてて使っている。

準備する力  夢を実現する逆算のマネジメント
川島 永嗣
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