おおきなかぶ、むずかしいアボカド 村上ラヂオ2

雑誌「an-an」の連載をまとめたものです。
私は、市営のジムでだらだらと自転車を漕ぎながら読んだのですが、
急にペダルの抵抗がなくなって、いったいどうしたのかと思ったら
なんと、いつのまにか60分たっていたのです。
それくらいのめりこんでしまいました。

「海辺のカフカ」も「1Q84」も、
途中で挫折したというのにどういうわけでしょう。
もしかしたら、体を動かしながら読むと面白さが倍増するとか?
いや、まさか…でも今度トライしてみようかな。

(以下、引用です)

聞いたところによれば、元巨人軍監督の長嶋茂雄氏は
肉離れのことを「ミート・グッドバイ」と呼んだという。
(「いわゆるミート・グッドバイ」)

「馬鹿みたい」とあなたは思うかもしれない。
今になってみれば僕もそう思う。馬鹿みたいだ。
でも自分がその時代、その場所にいるときには、ぜんぜん馬鹿みたいじゃなかった。
それはずいぶんわくわくするものだった。
ビートルズは『愛こそはすべて』と歌いあげ、トランペットは朗々と吹き鳴らされていた。
(「三十歳を過ぎたやつら」)

ヤンキーズのサードはもちろんアレックス・ロドリゲス。
試合が始まってから終わるまで、ピッチャーもバッターもろくに見ないで、
彼の守備ばかり観察していた。どうしてか?
その動きが見事なまでに美しかったから。
一球ごとに微妙に守備位置を移動し、身体の重心のかけ方を変える。
一試合150球のピッチングがあれば、150回しっかりとつま先立ちをして、
まるで豹のように全身に力をみなぎらせる。
そのリズムが素晴らしい。一球たりとも手を抜かない。
(「まるで豹のように」)

京都の古本屋でジョージ・マーティンのメモワール
『耳こそはすべて(All You Need Is Ears)』を見つけ、
帰りの新幹線の中で読み耽り、おかげで携帯電話を座席に置き忘れてしまった。
(「もうやめちまおうか」)

「女たちが私という人間をつくった」
なんてさらっと言えるとかっこいいんだけれど、
そうじゃなくて、僕の場合は本です。
もちろん「女たちが私にいくつかの変更を加えた」くらいのことは言えるけど。
(「本が好きだった」)

たとえばうちの奥さんは揚げ物、鍋物が全般的に好きじゃないので、
結婚してこのかた、そういうものはいっさい作ってくれない。
「生き方に反する」ということだ。そう言われると反論のしようがない。
夫婦とはいえ「生き方に反してくれ」とはなかなか言えない。
「じゃああなたにもひとつ、生き方に反してもらいましょう」
とか言い出されたらけっこう困る。
(「お一人様の牡蠣フライ」)

高校時代にポール・ニューマン主演の『動く標的』という映画を見た。
ニューマンの演じるロサンジェルス在住の私立探偵ルー・ハーパーは、
ポルシェのおんぼろコンバーチブルに乗っている。
奥さんには逃げられ、仕事には恵まれず、そろそろ中年の域に差しかかり、
朝いちばんのコーヒーの粉さえ切らしている。
決まって二日酔いで、朝目覚めるとテレビが昨夜からつけっぱなしになっている。
でもその塗装のはげたオープンカーに乗ってカリフォルニアの陽光を浴び、
髪を海からの風になびかせると、彼はもう一度生き返ったような気持ちになる。
そしてサングラスをさげてクールな笑みを浮かべる。
少なくとも僕は自由なんだ、と彼は思う。
そんな冒頭シーンが印象的だった。何度もその映画を見た。
(「自由で孤独で、実用的ではない」)

ブレット・ミラノ著『ビニール・ジャンキーズ』(河出書房新社)という本があり、
これを読んでいると「ああ、そうだよな」と思わず肯く箇所がいくつもある。
この著者の蒐集はロック・ミュージックが中心だけど、音楽分野とは関係なく、
ビニール(注 : アナログ・レコードのこと)蒐集家には世界共通のメンタリティーがある。
(『スキタイ組曲』知ってますか?」)

人はときとして、抱え込んだ悲しみやつらさを音楽に付着させ、
自分自身がその重みでばらばらになってしまうのを防ごうとする。
音楽にはそういう実用の機能がそなわっている。
小説にもまた同じような機能がそなわっている。
心の痛みや悲しみは個人的な、孤立したものではあるけれど、
同時にまたもっと深いところで誰かと担いあえるものであり、
共通の広い風景の中にそっと組み込んでいけるものなのだということを、それらは教えてくれる。
(「ベネチアの小泉今日子」)

内容紹介 (amazonより転載)
1、人の悪口を具体的に書かない
2、言い訳や自慢をなるべく書かない
3、時事的な話題は避ける。
これが村上春樹さんがエッセイを書く時に自ら課したルールだそうです。
そんな法則に則って書かれた、どうでもいいようだけど、
やっぱりどうにも読み過ごすことが出来ない、心に沁みる興味津々のエピソード。
究極のジョギング・コース、オキーフのパイナップル、
ギリシアの幽霊、あざらしのくちづけ、、、、
うーん、なるほど。いやあ、ほんとに。マッサージのように、
心のこりをときほぐしてくれるハートウォーミングな語り口。
それに彩りを添えてくれるのは、大橋さんの美しい銅版画。
10年ぶりに帰ってきた、アンアン連載の伝説のエッセイ
『おおきなかぶ、むずかしいアボカド 村上ラヂオ2』。
村上さん曰く「“日本でいちばんおいしいウーロン茶"を目指して書いた」エッセイ。
肩の力を抜いて、気楽にご賞味ください。


おおきなかぶ、むずかしいアボカド 村上ラヂオ2
村上 春樹
マガジンハウス
売り上げランキング: 10172